『具体的な風』・その六
指先の柔かい腹の肉がガラスで裂け、血が床に一滴、ゆっくりと瀝った。部屋の隅に散らばったガラスの破片を素手で拾うことをその男の子は止めようとしない。男の子の頬は赤く腫れ上がっていて、うっすら手形までついている。少し下 […]
『具体的な風』・その七
「先生、今日のおかず残していいですか」 女の子が一人、君江の机にやって来て尋ねてきた。君江は、その声を訊いてやっと現実に返ったというように、日頃から耳馴れた子どもの声なのに怪訝げにその顔を見、確かめる素振りをする […]
『具体的な風』・その八
延也たちのバスケットの試合は、一回戦の大詰めに来ていた。一ゴール差で、今延也たちが、リードしている。このまま逃げ切ってくれたら。バドミントンの会場から駆けつけた君江も心配げに見守っていた。 青野はベンチから躯を乗 […]
『具体的な風』・その九
「一回戦、本当に良い試合でしたね」 君江は、会場から外へ向かう通用口で青野に話し掛けた。青野は、風に当るためか土間につづく框のようになっているコンクリートの段差の上に腰を下ろしていた。子どもたちは、自分たちの対戦 […]
『具体的な風』・その十
孝は、延也の真後ろで試合を見学していた。一回戦で勝った興奮がまだ冷め切れていない。全身を流れる血の鼓動がいつもより早く鳴りつづけ、信じられない気持ちも半分胸のどこかで顔を見え隠れしている。 孝は、今やった自分たち […]