「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『具体的な風』・その九

 
 「一回戦、本当に良い試合でしたね」
 君江は、会場から外へ向かう通用口で青野に話し掛けた。青野は、風に当るためか土間につづく框のようになっているコンクリートの段差の上に腰を下ろしていた。子どもたちは、自分たちの対戦相手の決まる試合を各々体育館の好きな場所から見学していた。 「バドミントンの方はどうでした」
 青野が煙草を取り出しながら訊ねた。君江も、青野の隣に座り込んだ。「順調に勝ち進んでいます。期待してた六年生の子が一人惜しいところで負けちゃいましたけど」
 青野は、何も言わず、煙草を吹かした。君江は思い切っていつか話そうと考えていたことを青野に聞いてみた。
 「正直、わたし驚いてるんです。木村君が出ていったときなんか、もう先生は試合のことはどうでもいいんだって思ってたんです。でも、はっきりとはわからないけど、本当に一つにまとまったって感じがするんですよ。最近バスケット部を端から見てて。いったいどんなことを子どもたちと話し合われたのか、それがぜひ聞きたくて。先生はもっと、こう……」
 「いい加減?」
 「いえ、そんなわたし……」
 「へんだなあ。ぼくは、別に前も今も変わったところはないんだけど」
 青野はそう言い煙りを一息吐くと、くわえていた煙草を足元で捩じ消し植え込みの陰の向うへ投げ捨てた。
 「そんなことしていいんですか」
 君江は、周囲にいるのが大会に出場している学校の保護者やその関係者ばかりだということが気になり、つい青野に叱言した。青野は、笑いながら「だったら、こうして若い独身の男と女の教師が二人並んで座っているのも変に思われますよ」反対に、やり返した。君江は、頬を赤らめ恥じらう以上に、何か、青野のそうした取り止めのなさにムッとし、せっかく和やかに話そうと思っていた雰囲気がこわされたようでがっかりした。 「バドミントンの試合がありますから、そろそろ行きます」君江は、来たときとは違い、少々憮然とした表情で立ち上がった。
 「会場は、S小でしたっけ」「ええ」S小までは、バスケットの試合が行われているこの公営の体育館から車で五分ほどの距離にある。君江は、わざわざ自分たちの試合の合間を縫ってやって来てくれたのだ。青野も、さすがにそのことは察したらしく、「二回戦で負けたら、僕らもすぐ応援に駆けつけますよ」君江の足元に座ったまま、またいつものように素っ気なく言った。

コメントはまだありません

TrackBack URL

Leave a comment