「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『島』・その六

○月○日水曜
 私がささやかなこの日記を書くにあたり、その目的を明記しておきたい。
 まず、その一つは、緘黙の息子が、唯一不意に洩らした言葉、それがこの島の名前であったこと。妻の突然の蒸発の後、二人で暮らしてきた八年の歳月の中で一言も発しなかった息子が、ただ一言言った言葉、そこに示されていたものがこの島だったとき、私は何も考えずここへ来る決心を固めた。息子はそれ以後、やはりこれも私の勝手な希望的観測なのだがもろくも拒否し、その島以外の言葉を発してはいない。この島に何があるのだろうか。この島の名前を言ったことそれ自体が何かの合図か、私への知らせなのか。私は、それを知りたくて、すぐに島へ行く準備を始めた。
 それともう一つ、息子のことがあって以来思い出すのだが、妻自身、蒸発する前にこの島のことを私に話してはいなかったかということだ。それがどういうとき口に出たかはっきりとはわからないが、今記憶をたどれば無理にだがそれと関係のあることを思い出せそうな気がする。何か息子の言葉と過去妻が言ったかもしれぬその言葉とが重なりあってくる。それは大きな憶測だが、もしかして妻の出身はこの島ではなかったかと言うことだ。私と知り合う前、妻は私の勤める役場とは反対側の小さなゴム工場で働いていたのだが、そこでコンピューターの中に組み込まれる厚手のクッションになるゴム板をつくっていた。頂度昼食時、これも二人の勤め口の中間点に位置していた食堂で会って以来親しくなり、彼女も私も周りから見ていてもあまりにあっさりしていると思えるぐらいすんなり結婚をした。
 ところが妻は、その後、右腕をロックされたまま工場の機械が作動してしまう事故に遭い手首から下が麻痺する症状に苦しみ、仕事を辞めてしまった。そして、一人の不具者となった妻は、母親として家にいるときなど、息子が生まれ寝かしつけるとき、私があまり聞き慣れない子守歌を歌って聞かせていたのだ。私がそのことをある機に訊ねると、日頃明るい妻には珍しく懐しむような遠くを見やるような目でこの島のことを口にした、そんなことが確かに幾度かあったのではなかったか。いや、あれがこの島のことだったかどうかは今となっては記憶も半分霞みがかかったようで朧ろだし、わからない。かりにこの島だったとして妻がこの島出身であったということとは簡単には結びつかないだろう。すべては私の考え過ぎだ。しかし、今日、最初にこの島の記録を始めることを決意した以上、この二つのことはどうしても記しておかずにはおけないことなのだ。
 そして記録は次のページへと進んでいた。
 ○月○日 日曜
 奇妙なものを発見した。まるで、空中でなだらかな曲線を描き、そのまま速度をゆるめず距離を詰め飛んでいくような、そんな気配を感じさせる不思議な鳥のようなものだ。島のものは『シロチョウ』と呼んでいる。夜にしか見ることができない。白い羽を広げシロチョウと呼ばれるその鳥は、いくつか列をつくり、飛んでいる。それは、得体の知れぬ物体で、いつもこの島に散乱している最近急に増えてきた、出所のはっきりしない寄せ集められたごみの幻影だと、今日、初めて会った島の男が教えてくれた。ごみの幻影? それがなぜ、空を飛ぶように見えるのか。この島には、わからないことが少々多すぎる。たくさんのどこから生まれたのかもしれぬごみのようなものが、この島の住民にとってはある種の潤いをもたらしているようだ。そのシロチョウの鳴き声を聞きたいと昨晩耳を欹たが何も聞くことはできなかった。鳥の鳴き声、そう、この島に渡る以前も、この島にやっ来てからも、もう久しく聞いてはいない。私自身、この島に来て自分自身わかるのだが、はからずもあるものを期待しているようだ。胸の高鳴りこそないが、神経が一つ一つゆるやかな動きを見せ各々の方向へ首を抬げ、傾いで行っていることがわかる。それは結局、行方不明になった妻の居所なのかも知れない。
 そろそろ夏も終わる。テント住まいも、いよいよ今日までということになった。海岸沿いの空き家になってしまった漁師の家の移し替えを今日の夕方終えたのだ。島のものたちはそれを快く協力してくれた。代償の要求はいっさいしない。彼らには、私たちはどう映っているのか。突然訪れた不可解な人物、それとも島へのやっかいな子連れの陳入者か。 息子は相変わらず黙っている。海のしぶき、風の音、土の匂い、息子は何かを感じているはずなのに、あの子は実に静かに一日の振舞をさも作業のようにこなしていっている。八年間、息子の声を忘れてしまった私は、ここへ来て日記を書くという仕事をひとまずやっていくことを自分自身に引き受ける決心を固めた。息子の声を聞きたいためではなく、妻と息子と、この私がこの島とどうかかわっていくのかわからないかぎり、これから先のことが見えてこないからだ。島は相変わらず不思議な音を奏でている。その音は時には私の聴覚を顫わすが、おおむねほとんどは体の中にある空洞の一部を潤すこともなく、さらに乾かすかのように太く、時には強く押し流すかのように通り過ぎていく。
 妻の出ていった日のことを、今は息子の寝顔と簡単に写し変えることができそうな、そんな夜だ。いっそ、息子ともども姿を消してしまってくれていたら、と、よからぬことまで考えてしまう。波の音は、たまに湿気た闇に鳴る風と一緒に、いつのまにか降り始めた夜雨にも似て、やさしさを中にたたえているではないか。きっとそんなものが私を妙な考えへと走らせているのに違いない。

コメントはまだありません

TrackBack URL

Leave a comment