「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『島』・その十九

 『島を焼く。がらくたに火をつけて』
 彼も、それと同じことを、まだぼんやりしている意識の中で考えていた。
 もし、今、この島が、タケダが言ったように生活から離れてしまったり、日常でない部分に入り込み、肉体にハンディを持つ者まで、例え本人の意志であろうとなかろうと構わずに倉庫に吸い寄せているとしても、仮にそれで無難な感覚を持たせバランスを保ち、その力でがらくたを生成し島の隆起を保っているのであれば、彼にとってそれはとても不自然なことのように思えたのだ。そのような島自体の、また倉庫そのものの仕組みも、またそれによりつくりだされる平穏も、彼にとってみれば、加わりたいという意欲を持たせるものではなかったし、また、不必要なことのように思えてくるもの以外の何ものでもない。
 島は沈まなくてはならない、そう彼は、そのとき思った。
 最初に調査したときにつかんだ研究所のデーターを実証するためにも、地殻とそれにのり流動するマグマや、マグマが冷え固まり僅かに移動を遂げていく岩盤やプレートの歪みに従って地面に微かな揺れをもたらすことで、海面に身を横たえ寛ぐこの島を縁から静かに海水によって浸してやっていかなければならないのではないのか……。
 彼は、立ち上がり倉庫から一歩ずつ遠ざかりながら、既に頭の中ではそんなことを一心に考えていた。彼に、すぐに浮かんできたのは、自衛団の存在だった。島の若い者たちが、がらくたの火災など、もしものときに備え組織していた集団だ。しかし、その人数は、島の全体数から見てもたかが知れている。タケダはそのことを頭に入れず、一箇所から火を点けたため失敗したのだ。彼は、何箇所からも次々に火を起こせば、たちどころに島は火の海へと変わり、がらくたは燃え尽きていくだろうと考えた。まず一つ火災を起こし、それに皆が引き寄せられている隙に別の場所で次々と炎を舞い上がらせながら攪乱させていけばいいのだ。彼は、実行を急ぎたかったが、その夜は気持ちを押さえるように宿に戻り、日が昇ってくるのを待つことにした。
 まず、朝、主人に煙草を吸いたいからとマッチをもらった。次に、少し早く立つつもりであることを告げ、早速荷物をまとめにかかった。宿を去る時、彼は、一体どことどこに火をつければ、より効果的にこの島を今も音を立てることなく蔽っているがらくたすべてを焼き払うことができるか考えていた。胸の中には、もう既にその炎が先走り、渦巻いているようだった。彼は、西側の港へ向かった。そこには、定期便とは別に幾艘かの漁船があった。幼いときから父親と船にのり海苔漁に出掛け、海苔網を牽引機で巻き上げ仕事を手伝い、中学になるころには船外機のスロットルをたまに握っていた彼にとって、多少船は異なるもののエンジン部に燃料が入っていることは熟知していた。
 この船を燃やそう。
 港に横付けされている船の中でも、纜が比較的短く、すぐに火の手が上がれば、たちどころにがらくたにとどくと思われる一艘に、彼は狙いを定めた。エンジン部に炎が引火すれば、たちまち船体もろとも赧い炎を吹上げ爆発するだろう。その炎により飛び散った火の粉は、燎原を広がる仄白い頽れとなって群獣のようにがらくたをのみこんでいくに違いない。だが、島を焼き尽くすほどの火事を起こすには、もう一つ、たとえ途中消されたとしても島を脅かすに充分な火の手が必要だった。かりにここから炎を吹き上げさせたとしても、もう一つ島の住民たちを引き寄せておくための出火場所が必要なことは自明のことだった。
 彼は、港とは正反対の山間のがらくたが小山のように堆積したような場所にその囮を拵えることを考え、それに適した場所を捜しに行った。一時間ほど歩いただろうか。頂度、民家かからも離れ目立たず、がらくたが周囲を綺麗に取り囲みトーチカのように外部から見えにくくした窪地があった。一時間……時間的にもそれが限界だった。彼は、がらくたの欠けらをつかみ、火を点けてみた。もし、ただマッチの点火だけでは延焼してくれないのであれば、またそれなりに案を講じなければならなかった。船のエンジン部からどうにかして燃料を抜き取ってき、それを持って来てもいいのだ。
 がらくたは、最初少し焦げただけで、そのまま鎮火したように小さく縮こまったようになってしまった。燃えているのかどうかのその反応一つさえ何も返って来ない状態だった。それは、彼も予想していた結果だったために、そう落胆の色は示さなかった。ところが、彼が、その欠けらを何の気なしに放り捨てようとしたそのとき、ちょっとした異変が起こった。がらくたは、掌で持ちつづけれないほど熱くなったかと思うと、たちまち蒼白い炎を立てて、じりじりと燃えていったのだ。それも、彼がすかさずその熱さに適わぬと手を離し、そのため転がった炎の力で他のがらくたへも燃え移らないのか、そちらの方が心配になり警戒したほどにだ。がらくたは、それそのものが燃えるためにできた、塊、だったのだ。彼は、一層火が立てやすいようにがらくたを寄せ、暗くなるのをじっと待った。星が瞬き始めた。まるで気圧の薄い高地で見るような星の光だった。光は大きくその照射するスペクトルの輪郭を保ちながら、ときに膨脹するような気配を見せ、それでもまたもとの枠におさまると外の大気との調和を取り戻したように燐光を徐々に小さくし、静まっていった。
 彼は、予め、幾分なり寄せていた目の前のがらくたにゆっくりマッチを擦り火を点けた。がらくたは、また昼間のようにしばらくおとなしくしていたかと思うとじりじり音を立てだし、そのまま蒼白い炎を立てながら燃え、その炎を二重三重に大きくしていった。彼は、自分の体が熱く、傍にいられないほどになったのを感じとると、後は自然に火が燃え移っていくだろうことを自分なりに判断し、すぐに今度は港へ駆け出した。できるだけ民家の方に近づかない道を遠回りに、潮の匂いだけを頼りに急いだ。
 港に着くと、赧い陽炎のような幕が頂度、山間の方に張り出されたようになり、その幕の向こう側では派手な出し物がなされているようにチラチラ何やら足下を見え隠ししているふうだった。たまにその動きが激しいのか、その幕と言わず、それを包む被膜のようなものまで揺らしていた。一目見て、誰の目からもただならぬことが起こっているらしいことだけは、はっきりとつかめるまでになっていた

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