「共」に「生」きる。 in 阿蘇

第二章・四、超えることのできない現実へ、再び

草花の開く季節がやってきた。早いもので作業所づくりに着工して一年がたち、いよいよ、小規模作業所『夢屋』のオープンが、一週間後の四月六日に迫っていた。
早朝、四時過ぎに電話のベルが鳴った。マサミからだった。何事かあったことは確かだった。彼女の声はふるえ、ほっとけば溶けかかった雪山のようになだれ落ちていくのではと思われた。
「宮本さん、ごめんなさい」
「どげんしたと。トオルがどがんかしたつじゃろ」
 何かあったとしたらそれしかなかった。
「トオルが、もうどうしようもなくて、三気の里へ連絡したつ。今朝ん二時半だった……」
 三気の里は自閉症を中心とした知的障害者の更生施設で大津町にある。トオルは作業所づくりを始めてからも籍はそのままぬかず、万が一に備え、緊急のときはそこへ連絡しようとあちらの担当とも話し合っていた。澄江は、それら一語一語を肝の底からしぼり出すようにつないで言った。
「もう、家族のだれもおさえきれんで……」
 私は黙って聞いていた。
「わたしが言わないかぎり、もうだめだけんね……。もう、だれかがこのままじゃ死ぬんじゃなかかと思て……」
 一瞬、そうか、そうだよな。トオルはいないんだなと私は自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。オープンは来週なのだ。なのに一年間いっしょにやってきた主役のトオルが、今、いなくなった。しかし、どこかでホッとしている自分がいることも否定できなかった~。

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