「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『塔』・その3

                夏
 甘夏は、強く差し込む日射しの中で光沢を持ち始め、その器の中に確実に酸味と甘味を薄い袋を通して蓄えようとしているようだった。少し厚ぼったい葉が、果実を支えるようにして姿を見せ、幹から枝へ末広がりにたわわに成っていた。操縦士は、路地苺のときと同じ若いパオロットだった。私は、既に前もって灯台のことを調査し始めた当初、その操縦士に前回あったことを確認していた。パイロットは、控え目ではあるが、臆せず自分も間違いなく、灯台を見たことを二つ返事で証言してくれた。これで心強い味方が一人できたわけだ。私と柄本は、内心ほっと胸をなで下ろした。
 甘夏の撮影やら記録も終え、前回と同じように旋回するために海岸線へ出たセスナ機が、大きく弧を描きながら戻り始めたときだった。
 「灯台ですよ! 吉田さん」柄本が、興奮しきった口調で我先に大きな声を上げた。私も、思わず唸るような返事をし、血が全身を逆流したように熱くなった。躯の至るところが大きく脈打ち、顫えているのがよくわかった。しかし、私はそこに今度はただの灯台ではない、まさしく夢の中で見た、あのゴッシック調の深い彫りを外壁に備えた一本の屹立する塔を見ていたのだ。
 「あれは、灯台なんかじゃないぞ、柄本。塔だよ。俺の捜し求めていた塔だよ」
 「塔?」
 「ああ、そうだ、あの中にはな、人がいるんだ。疲れた目をした埃を全身に被った人間たちが、くたびれた恰好で横たわっているんだ。何人も、列をつくって壁にそって、こっちを見てるんだ。俺は、よくその塔に近づくと母親に叱られたもんさ。そこにいっちゃいけない、いけないよって。その塔はだめなんだって……」
 「吉田さん、大丈夫ですか。あれ、塔なんかじゃありませんよ。吉田さんが言う、そんな塔なんかじゃありませんよ。ただの灯台ですよ、ねえ、吉田さん、もう一回、しっかり見て下さいよ」
 私は、両目を見開いて、柄本の言うように再度岬のある方向を見た。柄本の言うとおり、そこにはやはりあの写真にだけおさめることのできた灯台があるだけだったのだ。私は、気を取り直すように、操縦士に言った。
 「すまんが、あの灯台にできるだけ近づいてくれないか。はっきり確かめたいんだ」 セスナ機は、遠慮することなくどんどんプロペラ音を響かせて接近していった。白く塗装された、上部のまるで鳥籠に入れられたように大事にされた光を発する大きな発熱灯のところまで、手に取るように確認することができた。そして、これ以上近づくことは、もう困難だろうと誰の目からも思われたその矢先、私も柄本も、おそらくパイロットも驚きとも嘆息ともつかぬ声にならない、叫びとも呻きともつかない意思表示を上げたのだった。
 灯台が、消えてしまったのだ。一瞬の中に、ほんの数秒の間に。
 熱い日の光に照り返りながら、セスナ機の両翼が眩しいほど輝いていたことだけが印象的だった。
 「吉田さん、俺、写真撮る暇もなかったですよ。社に戻って、今日あったことをどう説明すればいいんです?」帰りの車の中で、柄本が相談を持ちかけてきた。
 「灯台の方は、どうせ、誰に話したところで相手にはされないんだ。今までどおり俺たち二人で調べていけばいいのさ」私は、そんな取って付けたような、分かり切ったことしか答えれなかった。それが相手にとって気休めになったか、またはただ単に不安を増幅させることにしかならなかったのか、その判断の方もこちらにはつけようがなかった。

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