施設(施設という言い方は不適切かもしれませんが)にかよう健常者の方の話を聞く機会はこれまでも何度かあったが、今回のように障害をもった方自身が話されるということはなかったので、本当に印象的だった。今回のテーマは「共生」ということだったが、確かに、健常者が健常者の話を聞き、健常者からとらえた障害者の考えだけであれこれ考えるよりも、今回のように障害をもった方の話を聞くことの方が共生にとっては重要だと感じた。
今回この研修、講話を聞かせていただいて、こんなに楽しい講話は初めてだと感じました。夢屋のメンバーが一人一人、どんないきさつで夢屋とであい、今どのようにして生きているのかを聞いてとても生き生きされているなあという印象をもちました。
十数年ぶりにミヤさんとひさしぶりに会うことができました。以前とくらべて優しく(?)なった印象をうけました。「共生」について、今まで他人事のように見ている部分があったけど、ミヤさんの言われるような視点で見てみると、自分自身の居場所づくりにつながっているのだなと思いました。けっきょく、人は人のために生きているのではなく、自分のために生きているのでしょう。しかし、本当の自分をさらけだしたとき、それが人のためにもなっていくのだと思います。やっぱり、本当の自分を出していくことでしか解放はできないのかもしれません。
本校に今年、転勤してきました。そして、4月ごろだったでしょうか、ミユさんが「先生、おはよう」と声をかけられたので、びっくりしました。そのあと、手紙をいただきました。
そしてパンを一度購入しました。私の名前まで知っていて、職員室まで入ってこられ、その社会性に驚きました。毎日自転車で行っている姿を見ています。声をかけられてすごくうれしかったです。さきほどは、トイレでまた声をかけていただきました。
今日はミヤさんの生き方をほんの少しだけ聞けた気がしました。でも思いこみではなく、やっぱり思ったとおり「熱い人」でした。
私はミヤさんの生き方はミヤさんらしくていいと思います。私は教師として・・・まわりに流されて、本当につらい思いをしている人の心が見えなくなったときは辞めるときだと考えています。・・・日々闘いです。これからもともに、自分を解放して、住みよい社会にしていきましょう。
「共生」というと、何か特別なことをするようなイメージを持ってしまいがちですが、今日の研修を受けて、「人と人が互いに支え合いながら生きていくこと」だと改めて考えさせられました。そこには「健常者」だから「障害者」だからという境界を引く必要などないのだと、利用者の方々の話を聞きながら感じました。まさに「無意味な『立場』は必要ない」というチーさんの言葉通りだと思います。人は誰かに寄り添い、また寄り添われながら生きており、誰かが何かこまっているときに、そっと手をさしのべることさえできれば、よりよい人間関係が形成されると思います。
ミヤさんのおっしゃった「共生とはコミュニケーションの場をつくることであり、日々のくらしの中でつくりだしていくことが大切だ!! という言葉がたいへん心に残りました。
夢屋の方々の話を聞き、自分と比べながら、さみしくなってきました。自分をさらけだすことへの、強い力へのあこがれ? うらやましさがあったと思います。
みなさん(メンバー)がここに行きつくまでの様ざまな思いや周りからの差別などを自分が受け持った障害をもった子と重ね合わせ、過去の自分の取り組みや、その後のつながり方を考えさせられた時間でした。メンバーの方の笑顔が見れたことが最高でした。
私の弟は「障害」者です。車椅子での生活です。施設の仲間とともに生活し、働き、生き生きと生活しています。私が、私たちが、家族が、弟のことを思い、できることを手助けすることはあたりまえで、自然なことなのですが、地域で、集まっている仲間と、自然な、家族のような関係をつくれている「夢屋」さんなのだと思いました。とてもステキなことですね。私も機会があったら弟とともにうかがい、友達に、仲間になりたいと思いました。
「共生」について新しい視点を教えてもらったような気がします。
みなさんの言葉がとても生き生きとしていて、印象的でした。
「あやしい場所や人のように見えるけど、とてもいいところですよ」
「夢屋は気楽なところ」
「ミヤさんが、あったかい(くなった?)」
みなさん一人一人いろいろな違いを認め合ってともに活動されている様子がよく伝わってきました。
最初の方で、「お世話」の中で「学校では共生なのか、分離なのかわからない」という話がありましたが、この言葉には考えさせられるものがありました。実際、授業に参加するしないは、生徒ではなく、わたしたち教師のほうできめています。けれども、今日のお話を聞いていて、本当に今のやり方でよいのかと思いました。
ぼくはどちらかといえば「後向き」な生き方かもしれません。今回、みなさんの話を聞いていて、自分が考える「後ろ向き」のイメージがこれも「良さ」かなと思うこともできたことがうれしかったです。
「夢屋にきてから自分が変わったこと」を堂々とした表情で、一人一人のメンバーの方がお話されたり、「夢屋にきてからメンバーが変わったこと」を積極的に発言されたりする姿を見て、それぞれの方が「夢屋」で充実した日々を過ごされていることを強く感じた。
マイちゃんとは高一の夏休みに施設の研修で会いました。そのときにくらべ、ずっとずっと落ち着いていておだやかな様子に、夢屋さんの居心地のよさを感じました。
「夢屋」のみなさん、ミヤさんの話、何と言いますか・・・・。
「勉強になりました」くらいの言葉で表現できる内容ではありませんでした。
う~む、何と申しましょうか。
「共生は会話力」「自分を生きやすくしていく空気づくり」
なるほど! とうなってしまいました。はっきり見えてはいなかった視界が、パッとひらけたような。たくさんのことを学び、感じさせていただきました。
一度、ミヤさんとゆっくりお話をできればいいなあと感じました。
本当にありがとうございました。
夢屋のみなさま、この日は本当にお疲れさまでした。実は私、チーさんの小学生の時の担任を受け持つていた者で、この日は私も参加させて頂いてました。当日は、体調を崩してまして…出席するべきか迷いがあったのですが、参加してみて意外な所で可愛い元教え子に出会えて驚きました。参加して本当に良かったです。相変わらずの彼女の優しい気配り…昔から、人一倍人自分の事より…まず周りの人の体調変化や、悩み事などに気付く早さ、心配り、自分も何かとツライ事あるだろうに、(痛み・苦しみが多い分人の気持ちがわかるといいますが…。)いつもクラスで嫌な顔一つせず進んで誰かのお世話してましたので『保健委員』という役割がピッタリな子でした。私の顔を忘れもせず、彼女の方から声をかけてきてくれてすっかり大人びた成長ぶりに、初めは誰だかわかりませんでしたが…変わらない性格や彼女の現状が少々わかり安心しました。夢屋さんの事を話してくれる時の顔が可愛らしくて(特に、ミヤさんの事。)素敵な夢屋のみなさんに囲まれて、『幸せなんだなぁ…』と私まで元気を貰ったような気持ちです。おかげさまで定年まで現役で頑張れそうです。(笑)チーさんに『先生、夢屋のブログ絶対見てね』と教えてもらってましたので暇さえあればパソコンでちょこちょこ覗いています。言い訳けしているようで、心苦しいですが…こちらで紹介されている感想文を私も考えてはいたのですが体調不良が長引いてしまい提出できないまま回収終了してしまいました。すみません。夢屋のみなさん、チーさんは何かと誤解の受けやすい事もある子ですが…(今も?)どうかこれからも、末永くチーさんの良い理解者でいてやってください。宜しくお願いします。色々、厳しい世の中ですが…中には『捨てたもんじゃないな!!』という事もありますので…お互い元気が一番です。頑張りましょうね。長々と大変失礼しました。
【PS】
チーさんへ
H・S先生の事は、最近耳にして…今だに信じられません。心中お察ししますが…どうか、お元気で。
コメント by K先生 — 2007年9月8日 @ 7:26 PM