「共」に「生」きる。 in 阿蘇

国立療養所菊地恵楓園にて

小説の創作を通じて知り合ったSさんを訪ね、国立ハンセン病療養所菊地恵楓園へ行ってきました。
三度目の訪問ですが、これまでも大阪の知人を連れて行ったり、パンをおみやげにもっていったりしています。
今回は宮地小学校の4学年の先生からの依頼で引き受けた総合的学習の関連で、講演をお願いしに行った次第です。
1996年(平成8年)にライ予防法が廃止されたとは言え、それまで強いられてきた長きにわたる療養生活のため園外の世界と接することがほとんどなかったSさんに、最初、この話を持ち出したときは迷っておられましたが、相手が4年生ということもあり、子どもたちに向かって話すことに意味を感じられたらしく、訪問したときには、すでにご自身が療養所に入所されたころの家族の様子などを細かくつづった原稿を用意しておられました。
その内容をいつかまた、掲載できる日がくればいいと思うのですが、ここでは、そのとき、撮った写真で、ほんの少しですが、園の一部を紹介したいと思います。
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棟には、「天草」や「阿蘇」などの名がつけられ、故郷から遠く離れてきた思いが重ねられています
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様々な宗教に合わせ、教会や納骨堂が設置されています
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 現存する、最も古い石造りの納骨塔がひっそりと立っています
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かつて外部と遮断していたコンクリート壁の一部が、雑木の中に姿を見せます
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大正6年(1917年)に入所者への懲罰を目的につくられた監禁室が、今も保存されています

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