「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『ダスト・イマージュ』/その九

 「あの子、見かけよりけっこう変わってて、神経質なのよね。それに考えようによっちゃ、とんでもない子かも知れない。私、最近、また体調おかしくなってきていて、自分で自分の頭の中が苛々して、眠れなくってどうしようもなかったもんだから、病院行き始めてたの。精神科の病院なんだけど。そのこと誰にも言ってなかったのよ。そしたら、ある日、勉強終わってから、彼女がしきりに聞くのよ。福島さんは病院行ってるでしょう。私知ってます。どこの病院ですかって。どうやら、彼女は私が外出するとき一度だけ後を付けてきてたみたいなのよ。私は、そんな気配がしてどうしても気になって仕様がない日が一日だけあったの。でも、だからって、こっちもそれで直ぐにその事を問い詰めたりはしなかったし、そんな勇気もなくて、深く探ろうともしなかったけど、なんとなくそのときピンときたのよ。だって彼女、最近、福島さんの顔を見ると、よく眠れているようで羨ましいって、私の眼元をじろじろ見ながら何度も言ってたのよ。それでも付き合ってれば、自然となんとなく伝わってきたんだけどね。そもそも彼女自身、私と同じような症状があるらしいってことがはっきりしてきたの。それで、しきりに私の行ってる病院のことが気になってたみたい。だけどやっぱりどう考えても不思議よね。私、病院に行ってること、ほんと誰にも教えなかったし、あの子にだって一度も喋ったことないし、絶対ばれるはずないんだから。でも、同じ症状持ってるあの子には、それがなんとなくわかったのよね。それで、私もう隠す必要ないだろうって思って観念して白状したら、早いもんでもう彼女、私と同じその病院に診てもらってる最中だったのよ」
 そこまで、話したときだった。さっきここへ来る前に聞いた電話の向こう側の引き攣った感のある声の延長のように、突然、里子の表情が険しさを増し、顔色がにわかに変わった。そして、その事実も、その時のぼくにとっては当然という気がしないではなくなった。言葉がとぎれると同時に、里子は蒼ざめ咳き込み出し、それが次第に激しく強くなっていったのだ。ぼくは、すぐに気を配ろうという素振りは見せず、相手の苦しげな背中に手を掛けることもなく、その姿を眺めていた。
 里子は、アルコールに酔いながらも、こんなことのために用意しているのか、壁に寄せていたバックを慌てて手元に引き寄せ、その中から白い粒状の薬を取り出すと台所へ急いだ。その薬が、どれだけの効果があるのか、ぼくにはわからなかったが、疑わしいもののようにも思えないこともなかった。ただ、それでまもなく里子の抱えた発作が治まるにしろ、彼女がますます何者かに追い込まれ息苦しい呼吸を荒々しく繰り返すにしろ、どちらにしてもその一部始終だけは見とどけておこうという心理が、沈黙しながら固唾を飲みその処置と結果を待ち受けるぼくの胸の中に走った。しばらくして、幾分落ち着いたと見え、手の甲で口元を拭いながら里子が台所から戻ってきた。
 「ごめん、おどろういたでしょう。亮一君、発作見るの初めてだった?」
 「薬飲むと、やっぱりちがうのか」
 ぼくは、肘を立て少し躰を起こし加減にして訊ねた。かなり以前は、神経的に麻痺したようにその効き目も強力なところがあったが、少しづつそれにも慣れ、それでも中毒にならないよう医者から飲む回数は発作が起こりそれを抑えるのに止むを得ないときだけと言われている。里子は、簡単にそう答えただけで、微かに頬笑み黙っていた。

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