「共」に「生」きる。 in 阿蘇

全国B型肝炎訴訟の和解金横領の記事を見て。

全国B型肝炎訴訟の和解金横領の罪で逮捕された元弁護士である内川寛被告の記事を見たとき、驚きとともに落胆、そして事件の詳細や法廷での態度や言動を知れば知るほど憤りが大きくなりました。というのも彼とは少なからずかかわりがあったからです。33年前のことです。私が阿蘇市の小学校へ異動した初年、保護者と上学年対象の研修の担当となり、彼に講師として来てもらいました。最初、以前ハンセン病における差別の実態とその解消に向けての取り組みの講演を聞き大変勉強になった国宗直子弁護士にぜひともお願いしたく依頼すると、快く引き受けて下さったのですが、あいにく急な事情で来校が難しくなり、彼女から紹介を受けたのが内川氏でした。当時、熊本の若手人権派弁護士のホープとして太鼓判を押されていたと記憶しています。挨拶を兼ねた打ち合わせは電話で行い、講演内容は『校則』と結びつけての人権問題となりました。私の記憶では児童は5、6年生で、保護者はすべてが対象であったと思います。「中学でなぜ坊主頭にしなければならないのか、その理不尽さををもう一度考えてほしい」といった内容は、入学に際して坊主にすることは当たり前と考えていた児童や保護者にはかなり刺激に満ちたもので、満員の体育館はある種の沈黙と熱気につつまれたものとなりました。翌日の職員朝会で私は6年担任から、これから中学に行く子たちに不安を与える内容で、講演内容は不適切だったんではないかとの意見を頂戴し、これから進学するからこそ聞いてほしかったと対応した記憶があります。それもこれも内川氏の弁護士としての在り方と人柄を信じていたからこそ、異議ある方々に正面から向き合えていました。しかし、今回の事件の発覚で、なにもかもが打ち砕かれた思いでいます。いったいあれは何だったのか。嘘まみれ、理不尽まみれだったのは、内川さん、あなた自身ではなかったのか。「ばかなこと」とは、誰が誰にたいしてのものなのか? あなたにとって今回の行いはその一言ですむものなのか? これまでの過去のすべてがそうでなかったにしろ、一つの犯した罪が、時と場合、その中身と関係性によってはなにもかもをも一度に疑念の谷底へ突き落としてしまうものでもあることをわかっておられますか。そう、あのとき、あなたを講師として招聘した私、そして異議を発していた教員に言葉を返していた私自身、もちろん、当時一生懸命あなたの言葉に耳を傾けてくれた児童や保護者にとっても当然のことです。(夢屋代表 宮本誠一)

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