「共」に「生」きる。 in 阿蘇

発酵器物語

今日も活動しています。何度も故障し、修理を繰り返し、最終的にいきつた発酵器のシステムがこれです。
パン生地は文字通り”生き物”です。.
。始めたら焼き上がるまで一気にやらなければなりません。開所当時、夢屋にある機材は、すべて家庭用ばかりでした。捏ね器も一キロちょっとまでが可能なものを四台置き(これは今もかわりありません)
メンバーが粉を量り、セットしていきます。
その間に、床や作業台に零れた粉を布巾で拭き取ったり、食パンの焼型にショートニングを塗ったり、並べたりします。
当時、最終発酵させるホイロはもちろんなく、薬缶を置いた灯油ストーブで工房を四十度近くに温めていました。
十年ほどして本田技研の労組様からのご支援で、中古のホイロを手に入れ、五年ほどは順調でしたが、その後は故障続きでそのたびに私が修理してきました。
動力で温風を出す一方で水が小さな容器に流れ込むのですが、容器内には磁石のついた握り拳大のアルミ製の浮き輪があって、それが浮上し、上部の磁石がスイッチを引き寄せることで電流が通り、沸騰させる仕組みになっています。
噴霧され、水がなくなればまた浮き輪は沈みスイッチは切れる、その繰り返しとなるわけです。
このため百度以上の電流に耐えるペレット型のヒューズが必要で、それが焼き切れる故障が頻発しだしたのです。
途中の導線や水を吸い上げる小型モーターのいずれかが老朽化し、過度な熱の負荷が原因と考えられましたが、水の元栓を閉め、注水口と排水口をスパナで外し、配線ソケットを抜いた後、容器内のヒューズをハンダ付けしなければならず、増えるばかりの修理回数に私の根気もついに萎えてきました。
そのことが負担超となったとき悩んだ末、ホイロ全体は大型冷蔵庫並みの丈夫なステンレスでできているわけですから、まずは外部からの水の流入と噴霧はやめ、思い切って加湿器を入れてみてはという発想に切り換え、やってみることにしました。
最初は、小型のミント式で試してみたのですが、ホイロに備わっといる加温の勢いに負け、発酵に必要なだけの湿度をつくりだせません。それで思い切って、二十畳まで可能な大型のスチーム式のものを購入し設置すると、うまくいきました。
密閉式の厚い扉を開け覗き込んだとき、眼鏡が曇ったときの安堵感は今でも忘れられません。
しかしそれも、そう長くはつづきませんでした。
湿度80%、40度の過酷さに一般の加湿器はそうそう耐えきれず、水垢による目詰まりや故障が始まり、ついには稼働不能となってしまったのです。
さてどうするか。悩みに悩み、原点に立ち返り、ようは温度と湿度をつくりだせばいいのだという極めてシンプルな思考にリセットしなおし、IHヒーターの上に水をたっぷり入れた鍋と薬缶をおいてお湯を沸かし、加温も調節できるように脱衣場用の温風器を内壁に設置しました。
おお、ついにそのときがやってきました。
見事な温度と湿度が生まれ出るではないですか。後は長いコードでつながったセンサーつきの温度湿度計で外から管理しながら、現在の日々の発酵へとなっている次第なのです。(代表 宮本誠一)
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倉田 哲也

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