「共」に「生」きる。 in 阿蘇

最近、思ったこと。

知人の善本信宏氏が、11月19日の時点で以下のような卓見に満ちた投稿をされてました。

『米国大統領選のトランプ氏再選もそうでしたが、兵庫県知事選・斎藤氏当選に呆然としていましたが、冷静にじっくり考えてみようという気になりました。

高校現場で高校三年生が選挙に行く、斎藤さんに入れる、という声が多かったのは聞いていて、選挙に行かない若者、という認識から潮目が変わって来たな、とは感じていました。

若者の政治参加が民主主義・平和・人権を大事にする社会の構築に向かえばよいのですが、雇用の不安定、経済的不安という若者が感じている「リアリティ」はどうも我々「老人」が感じる「リアリティ」とは違うようです。

今後の動きに注目して行きたいです……。』

 

その後、この選挙の過程と結果に関してはさまざまな憶測や事実を裏付けとした展開を見せていますが、私は以下のような感想を同じく11月19日に善本氏へ寄せさせていただいておりました。まさしく根底には〈新しい形での主体なきプロパガンダによる主体なきファシズムの到来〉の体をますます深めてきている感が個人とはしており、改めて載せさせていただきました。

『まったく同感です。おそらくはデマを含めたSNSによる情報云々の前に斉藤氏の置かれている表面に漂う「状況」、「雰囲気」を自分にとって「リアル」に映るところだけをフォーカスして重ねているのではとも思います。そこには各立候補者の打ち出す政策の本質や狙い、これまでの実績等をあらためて深く問うという部分はありません。本来狡猾であり、また今回も当然そうであるはずの〈政治メカニズム〉そのものへの疑問符が思考の外に追いやられているように思えます。その意味で、私にはこの若者の『投票に行く』という行為は、政治への関心の高まりでなく、むしろ究極の無関心さ、裏を返せば“期待値の低さ“(これを「民意」ととればその通りです)に思えてきてしょうがないのですが。新しい形での主体なきプロパガンダによる主体なきファシズムの到来の予兆のような気がしてなりません』(夢屋代表 宮本誠一)

コメントはまだありません

TrackBack URL

Leave a comment