そんなときだった。
やがて扉が勢いよく開かれた。
彼は、頂度今、肩口にあるそちらの方を振り返りながら視線を落とした。小さな塊に似たものが動いたかと思うと、すぐに静止した。よく見ると男の子が一人、そこがいつも自分が落ち着く場所なのか、今まで気づかなかったテーブルらしき平たい木を丸太の上に並べたに過ぎない、そんな簡素な台の隣に拵えられたそれまた簡単な原木をくり抜いただけの木椅子に、たった今来た様子とは反対に静かな格好で機械的に腰かけたのだった。タケダは、しばらく彼と少年を均等に見詰め黙っていたが、やがて彼の方にその中の比重を傾け変化を置く形で言葉を発した。
「トオルと言って、私の息子だよ」
意外な出だしのタケダによる少年の紹介だった。すぐに、さっきのがらくたの中の男の顔が浮かび、タケダに子どもがいたことなど一言も聞いていなかったことが彼には早速悔やまれた。外を見ていた姿勢から突然振り返った彼の方に視線を向けていたタケダの口からは、今、彼が思ってもいなかったことがさも自然な口振りで話されたのだった。タケダはつづけた。
「この子は私のたった一人の息子でね。ごらんになったらわかると思うが緘黙なんだよ。緘黙。つまり一言もしゃべれないし、しゃべらない……」
彼はゆっくりと少年の顔を見た。少年は静かに座っていた。指先が膝の近くあたりでわずかに虚空をつかむようにもどかしく動いていた。視線はそれでもしっかりある一定の場所を見つづけている。動かず何を見ているのかはわからない。木の木目か何か見ているのだろうか、彼には見当がまったくつかなかった。彼は、少年に話しかけることをやってみた。簡単な挨拶だった。タケダは、黙って彼がするように任せていた。だが、それでも二度、三度彼が少年に同じようなことをしようとしたため、さすがにたまりかねたふうに言葉を切った。
「無駄だよ。さっきも言っただろう。その子は、カンモク、なんだから」
勢い込んでいながら、感情的でない言い馴れた重みのようなものがそこにはあった。まるでそれは、それ以上彼に骨を折らせたくないという親切心からやって来ているのだと、いかにも言いたげなふうだった。彼は、黙ってそれに従った。
「そうそう、君は、この島のことで来たんだったね」
それからしばらくし、思い出したようにタケダが言った。
「念のため言っておくが、私の日記は大したことはないよ」
「それはどんなことでも構いませんから」
彼も謙虚さを出しながらも、自然縋るような目付きに自分がなっているのではないかと、さっきまでの大胆な態度と多少打って変わってきている自身の姿に驚いた。一体、そんな気持ちにさせるのが何なのか、それもできれば今すっきりさせてみたい気がした。