それからの沈黙は長かった。
彼はこの小屋をひとまず退出するときが来たことをまもなく知った。
まだ開け放たれたままの窓からは、わずかに湿気を多くふくんだ風が吹いてきていた。彼は会釈ついでに少年の顔をもう一度見た。何かをしきりに考えているようでいて何も考えていないような一種放心したふうにも似た、瞳の奥の輝きのなさが気になった。
扉を開け、彼が小屋を出ようとしたそのときだった。タケダは、採光口とは反対の壁際にある、木造りの朽ちかけた棚に手をやり、古びたノートが数冊置いてあるその中から一冊取り出した。
「ここに、私が息子とこの島にやってきてからの、最初の頃の日記が書いてある。ただし、断片的過ぎて、読む者によっては本当につまらないものばかりだ。もしこれでよければ、君にお貸ししよう」
彼は、そのノートの重量を掌に感じ取りながら少しばかり喜びが胸の中に巣くったような気になったが、以前露骨に表情としては出さず、冷静な態度で受け取った。
「しばらく、いや、できるだけ速くお返ししますから」
御礼の言葉とも弁解ともつかぬ言葉を残すと足速になるのを抑えタケダと少年の棲む家を後にした。 ノートは全体のページ数のわりには、記されている量も少なく、明らかに区切りをつけるためある時期途中から別のノートへ移ったことが見てとれた。そのため物足らない感じがしたのも確かだったが、彼は、いづれ残りの数冊も見せてもらおうと今は出来すぎた今日の運びに喜びを感じこそすれ焦る気持ちはまったくなく、心は落ち着き払っていた。だが、彼にとっては振り返ってみると、考えていた以上のタケダとの対応の収穫にその日は少々浮かれ出したい気分になっていたのも事実だった。彼は、前もって予約していた島の数少ない宿に一夜をとった。
部屋に入るなり、さっそくスタンドの明りをテーブルに引き寄せ、ノートを開いた。日記は、次のようなものだった。