「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『島』・その九

             倉庫・その1
 「ごらんなさい。シロチョウでさ」
 彼は、自分の今いる場所ががらくたに堆高く積もらされ、そのがらくたが艶やかに舞う、その真っ直中にいることに今さらながら気づき、愕然とした。それは、夜になると予想外に多く思える、その白蝶の数によるものでもあった。だが、彼には、男が言うほどに、そのがらくたが宙を舞う蝶のようには見えなかった。
 「シロチョウが、この島の至るところを蔽うようになってから、火事になってそれに燃え移れば、この島全体に、あっという間に火の手が上がり、焼け尽くすことくらいおわかりでしょう。それで、わたしらも、火事にだけは備えておこうと井戸をせっせと掘り、自衛団のようなものをつくったってわけでさ。しかし、このシロチョウと、島が沈んでいることと、一体どんな関係があるんですかね」
 シロチョウが一匹づつ舞う暗闇の中で、珍しく男の方から、彼に問いかけてきた。
 彼は、「表面だけから言えば、今はもう島全体は沈んでいないんだよ。この地表も海抜より上は、何も変わってはいない。しかし、海面下の沈下は、ぼくがここへ来たときと同じなら、今尚沈みつづけているはずさ。不思議なくらい、ゆっくりとだけどね」少しばかり親しみを込め話した。男は、さもわかったと言うふうに宙を飛ぶがらくたを見詰めていた。がらくたは、羽を広げ、そこから発せられる扇形の蒼白い光だけは、そうは見えない彼の目にも差した。明け方まで待ったが、タケダと緘黙の息子は現れなかった。がらくたは、夜が明けてくるにしたがい、嘘のように影をひそめ、それは頂度、蝶がせっかく伸びきった羽を押し止どめ、落ちていた草木でも拾って身に纏い、固い殻を被った蛹に戻ったようだった。「確か、海岸に倉庫があったよね」彼が唐突に言った。
 「三つあったと思うんだが」
 男は答えなかった。それは、聞いてて答えないのか、知らないので答えることができないのか、その両方ともとれた。
 「倉庫だよ。とても大きい…」
 彼も、必死だった。タケダのノートも親子もいなくなった以上、ここからは倉庫だけが頼りだった。海岸べたから打ち寄せられたかのように多くのがらくたを周りに侍らせていた巨大な倉庫。出入り口もなく、高く聳え立つ灰白色に近い色を持つその建物は、何やら近づいてくる者を包み込んでしまう威圧さを湛えていた。
 「島の者は、あっちの海岸にはいきません」
 男が、戸惑ったように言った。
 「わしもそうだが、使うのは西側の港だけさ。おそらく、あんたの言っているのは、南の海岸のことだろうが、そっちは行ったこともないし、何があるかも知らんよ」「しかし、あの倉庫はどう見ても……」
 彼は珍しく、相手に食い下がろうとする姿勢をとったが、彼自身、これから倉庫の方へ向う心積もりは既にできていたため、男をそれ以上追及することはしなかった。日が徐々にだが確実に昇ってきていた。彼の休暇は今日を含め、あと二日しかなかった。だが、彼には焦りのようなものはなかった。と言うより、そのような心が起きようとするとそれに言い聞かせていた。男を今問い詰めたところで、何が出てくるわけでもない。それでいてまた振り出しにもどったという気になる必要はないのだ。生きているのであれば、いつかまた親子は必ず姿を現してくる。それは、倉庫がすべての鍵を握っているだろう。

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