「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『島』・その十三  

            倉庫・その2
 彼は、静かにノートを閉じ、またさっきとは逆にそれをリュックに入れ、歩き始めた。一つ目の倉庫では、タケダが、自分の妻の声を聞き、二つ目の倉庫ではその息子が憑かれたように立っている情景とぶつかった。そして、同じ場所で、今度は倉庫から現れ倉庫へと消えていくタケダ自身と彼が出食わした。彼は、三つ目の倉庫へいけば、おそらく後はただ一つ残されている緘黙の息子、トオルに出会える気がした。さっそく三つ目の倉庫へ行くとき彼は、途中まで一緒だったケンゾウのことを思い出した。今頃は、ここからは見えない二つ目の倉庫の反対側を、あのいつもの顔で歩いていることだろう。彼は、男のことより次の倉庫の方が気になり、そのままがらくたを跨ぎ進んでいった。 目指す三つ目の倉庫に着いた。そしてそこに……、やはりトオルがいた。
 「トオル、……、君の名前はトオルだったね」
 トオルは、微笑んでいた。
 「君のお父さんが、昨日紹介してくれたんだが……」
 トオルは、返事をしなかった。「おじさんを覚えているかい。君と会うのは、これで二回目だけど」トオルの表情に変化はなかった。沈黙が、しばらくつづいた。トオルは、立ち去ろうという気は毛頭なく、それでもトオルが自分に向かって話しかけてくれることに対してはやや悲観的な結論を持たざるを得なくなっていた。どうしていいのか考え、結局、諦めきれないでいる彼がトオルの方へ歩み寄ろうとしたその時だった。
 「来なくていいよ、おじさん」
 紛れもなく、彼が初めて聞くトオルの声だった。
 「ぼくはしゃべれるんだよ。心配ない。だからそこにいて」
 彼の体の中に電気が走ったような強い衝撃が、このときおとずれた。が、彼自身、持ち前の研究所勤めの細かな探求心で、重ねてトオルに訊ねた。
 「いつから、しゃべれるの」
 「ずっと、前から」
 トオルは、屈託のない返事をした。
 「ずっと前って、君はカンモク……」
 トオルはまた、いつの間にか彼から視線を逸らすかのように顔を横に傾け、僅かに含恥むように微笑んだ。
 「あれは、全部うそ」
 「うそ?」
 「そう」
 トオルは、彼に納得してもらうため、解りやすいように大きく頷いてみせた。
 「お父さんが、ぼくに黙ってろっていったんだ。そうすれば、お母さんに会えるからって」
 「お母さんに会える?」
 彼も、さすがにこのときは、知らぬ間に大きくなっている自分の声に驚いた。  「つまり、どういうことなのか、おじさんにもう少しくわしく説明してほしいんだが」
 トオルの話は、こうだった。

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