「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『具体的な風』・その四

 

 孝は、一番奥の部屋で呼び出しブザーや扉の規則的に叩かれる音を訊いていた。それが青野であることは、それが既に訊き覚えのあるその声でわかっていた。早く出たいという気持ちもあったが、半面、顔をできるだけまだ会わせたくないという拒否する感情も以前燻っていた。
 『そもそも、自分には、皆といっしょにやっていくことなど無理なんじゃないだろうか』
 孝は、家に帰ってから何度もそんなことを考えていた。考えれば考えるほどわからなくなった。
 今日も孝は、悪気があって延也にあんなまねをしたわけではない。なぜか、皆から好かれている延也を見ていると自分にないものばかりを相手が持っているようで悔しくてつい反抗してしまいたくなるときがある。バスケットの実力なら自分の方が上なのにどうしてなのか。今日はそのことを確かめてみたかった。フリー・スローをやってシュートの決まった数の多さでキャプテンを決め直そうと皆に持ち掛けたのもそのためだ。
 青野の来るのはいつも遅い。だから、それまでに決着はつけられるはずだった。
 あのことがなかったら、今ごろはうまくいっていたはずなのだ。後一本でタカシは延也に勝っていた。ところが、皆は突然タカシが最後にシュートを決めた瞬間、ラインを踏み越えていたと言って騒ぎ出した。
 孝は、ついカッとなってしまった。自分はラインなど踏んでいない。孝は叫んだ。たまたま眼前にいた五年生の子が孝の手に触れ突き飛ばされた。
 孝は、皆から一斉に責められ出した。君江は、大声を出し揉み合うバスケットの部員たちを見て、一旦そちらの方へ来かかったが、すぐに近くの出口から職員室のある方角へ駆けていった。延也は、皆を制しながらもう一度孝に投げて良いと言った。しかし、孝は断った。孝は充分だった。延也にも部員の皆にも勝ったという気持ちでそのときは一杯だった。あいつらが、蒼白い顔をしてあたふた動き回っていたのが何よりも証拠だ。そう孝は思っていた。後のことはよく覚えていない。差し出される手を振りほどき一目散に駆け出していたような気がする。とにかく、皆のいる場所から離れたかった。大粒の涙が知らぬ間に零れ落ちていた。

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