「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『具体的な風』・その五

 
 静まりかかっていた感情がまた暴れ出し、むしゃくしゃしながら孝は、TV・ゲームのPLAYのボタンを押した。今日帰ってからもう三度目だった。
 孝は、既にどのカセットもやり尽くしていて、横になっても何時間でも失敗せずゲームを進めることができた。その点では、ゲームの内容そのものへの興味は薄れているか、ほとんどないに等しかった。ところが、孝の遊び方は変わっていた。彼は、ゲームでどれだけ高い得点を上げるかより、その関心は、画面に映し出される勇ましい主人公をどう痛めつけるかという方に移っていた。わざと操作を鈍らせることによって、敵の襲撃に遭遇させやっつけさせるのである。
 それには、『オリオンの冒険』が最適だった。
 オリオン国のリゲル星を宿敵スコーピオンの手によって侵略され追放されたオリオンが、自分の星を取り返すべく、いくつかの武器を携え単身敵が支配下の星々に打ち建てた宮殿へ乗り込むのだが、そこにはそれぞれに手強い怪物が待ち構えていて、それらを一匹ずつ退治していかなければならない。全部勝ち進んでいくと三十の怪物が現れ、星座がすべて点滅することになっている。中でも強敵なのは、三つ星に棲む怪物ラジアンとベテルギウスを牛耳る万能ロボット、キョモラーだ。
 ラジアンは、火の吹く魔法の杖を持っていて、その焔に触れるとたちどころにオリオンの躯は火の粉に包まれ溶けて失くなってしまう。
 急所は一箇所しかなく、しかもそれは常に躯中を移動し、青い光を発しながらその場所のあるところを示している。
 オリオンは、焔のとどかない範囲からその光が次に輝くであろうところを予測して、彼の持つ最高の武器である光線銃によって仕留めなければならない。
 だが、孝は、さっきもそこまでは難なくやって来たにもかかわらず、わざと光線銃を発射しなかった。それどころか反対に、ラジアンが火の棒を持ってオリオンの方へ近づいてくるとオリオンを逃がすことなくそのまま立たせ、こちらからも徐々に焔の中へ進ませて行った。そして最後には、一遍にその燃え盛る火炎の中へと飛び込ませてやった。瞬間、オリオンの躯を形づくっていた画像が飛び散り、赤や青に染められた色とりどりの電子の火の粉が入り乱れ、その中で苦しみもがくオリオンの姿が垣間見られたような気が孝にはした。
 『ざまあ見ろ!』
 孝は、オリオンが熱線にやられてしまうその何分の一秒かが好きだった。カセットに記憶されている消滅するその一瞬にパッと細かな粒子となって飛散する刹那の動きにぐいぐいと引き寄せられるものを感じた。
 ラジアンで二度オリオンを懲らしめただけでは満足しなかった孝は、今度はキョモラーのところまで勝ち進ませそこで餌食にしてやろうと思っていた。
 キョモラーは、戦うためにつくられたようなロボットで、全身至る所が強力な武器となっていた。指先や膝からも弾丸は発射されてきたし、鋼鉄の躯は光線銃も歯が立たない。ただ一つ倒す方法は、まずオリオンが宮殿の真ん中に据えられている水晶の玉に触れ、彼自身も鋼鉄の楯と剣を得なければならない。それを手にすることにより、オリオンの動きは数倍速くなり、跳躍力も増しパワー・アップされる。その力を生かし宮殿の最奥へと進むと、今度はそこに置かれてあるカプセルの中へ入り、オリオン自ら鋼鉄に被われた正義のキョモラーに変身するのである。力が同格となってからは、お互いのビームを相手より早く命中させた方が勝ちとなる。宮殿には落とし穴やデビル・ゾーンといって武器が全く使用できない空間もあり、そんなところをうまく避けたり利用したりしながら戦っていく。その地点まで来てしまえば、余程のことがないかぎりキョモラーに倒されることはない自信が孝にはあった。
 孝が密かに好んでいたんは、その手前のオリオンが正義のキョモラーに変身してすぐのほんの一瞬だった。変身を遂げ、カプセルから出てくる僅か一秒足らずが全てだった。オリオンは、出方次第では勇ましく登場はしたものの、不意のキョモラーの総攻撃に遭い、こっぱ微塵になってしまうのである。悪のキョモラーがカプセル近くを探索しにやって来たとき、鉢合わせさせる恰好でオリオンをわざとタイミングよく飛び出させるのだ。まだ硬い鎧に慣れていないオリオンは、重たい躯でうろたえ成す術もなく無残にやられてしまう。孝は、そんなオリオンにしばらく目瞬きするのも忘れ見とれていた。

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