「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『夢屋だより』(122号)仲秋号からの文章です。

〇夢屋から仲秋のご挨拶をさせていただきます。

2020.9.17「夢屋」代表 宮本 誠一

まずは台風9号、10号の被害は大丈夫だったでしょうか。特に10号は過去最大級に成長し、1959年の伊勢湾台風に匹敵する被害が予想されていました。気象衛星写真で渦巻く雲の真ん中にくっきり空いた不気味な〝目〟を見ながら恐怖を感じた方も多いかと思います。幸い九州上陸直前に海水温がやや低くなったこともあって勢力が弱まり、人吉球磨の豪雨被災地を始め、さらなる甚大な被害は避けられました。ただ今回の出来事で改めて海水温の僅かな差が大きな影響を与えることに驚くとともに、今後地球の温度上昇が続く限り、さらなる巨大台風や豪雨は避けられず、人類が本気で食い止めねばならない時点に来ているのではと実感した次第です。

さて夢屋ですが、配達の先々でお客様に「お互い気を付けようね」「大丈夫だったね」と声をかけて頂き、本当に心強い限りでした。改めて心よりお礼申し上げます。メンバーの中には家族全員でホテルに宿泊避難した人もいて、備えに抜かりはなかったようです。これまでの災害で培った防災感覚が各家庭に根付いているのだなと感心させられました。

それでは8月から10月までの行事日程(予定を含む)をご報告させていただきます。

8/9~10 ASE(Arts and Sports for Everyone)「障がいのある人もない人も芸術やスポーツを一緒に楽しめる社会をつくりたい」代表の皆さんが森の家「野菜ty」をご利用。

8/13 オルモ・コッピアでお盆休業前の茶話会を開く。

8/26 阿蘇市内の小学校から体験学習(児童1人と職員1人)

9/4 甲斐誠さんの誕生日に皆でつくったトマトを贈る。

9/16~22森の家「野菜ty」を長崎からご利用。

10/1 阿蘇市障がい福祉計画及び阿蘇市障がい児福祉計画策定員会に宮本が出席。

8月8日、ついに豊肥線が全線再開し、さっそく翌日、立野駅まで乗車してみました。阿蘇駅には横断幕が広げられ、取材陣もちらほら見受けられました。赤水を過ぎ、立野峡谷が近づくに従い胸騒ぎがしてきます。やがて崩れ落ちた当時のままの大橋や東海大を目にしたとき、そこだけが時間が止まったように静まり返り、思わず犠牲になられた御霊に合掌せずにはいられませんでした。それとは対照的に完成間近な新阿蘇大橋や国道57号線が滑らかな曲線を描き、工事関係者の尽力に頭が下がる思いでした。そして10月3日、いよいよ外輪山北側復旧ルート(トンネル含む)と国道57号が開通します。復旧ルートは信号機のない自動車専用になるらしく、所要時間10分で大津に到着してしまうそうです。もちろん安全面も含め、早ければいいわけではありませんが、当然これからの阿蘇市の産業や住宅環境、生活スタイルに少なからず影響してくると思います。川端康成の『雪国』の有名な書き出し「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」が思い出されます。時間以外に、トンネルにどのような〝豊かな付加価値〟をつけていくか。開発とともに失われていく景観を心配する声もちらほら聞きます。この機会に場当たり的でない、将来の阿蘇を見据えた長期のビジョンを市民総出で具体的につくりあげ、共有していくことが大切かと思います。私たちもこれまで同様、作業所を通じこつこつと活動させていただければと思っています。どうかこれからも夢屋をよろしくお願いいたします。

〇8月に阿蘇市の小学校の児童さんが、夢屋に体験学習に来てくれ、皆でパンづくりなどして楽しく過ごしました。お礼の感想文を書いてくれたのでご紹介します。ありがとうございました。

ゆめやのみなさんへ

このあいだは、見学のためにお店をあけてくださって、ありがとうございました。

わたしは、パンをはじめてつくりました。さいしょにきじをきって五十グラムはかって、まるめ、おぼんの上にのせました。おぼんにバターみたいなものをぬるときは、ちとせさんがおしえてくれました。そのあとみんなでかたちをつくりました。わたしはアンパンマンとうさぎとハートをつくりました。

パンをオーブンに入れているあいだに、ゆめやのみなさんのだしものありました。ダンスやうたがありました。わたしが一ばんおもしろかったのは、おわらいです。

「ええ、そうなんだ!」がとっても気に入りました。

わかったことは、パンをつくりときに手を石けんであらわないことです。パンににおいがつくからです。わたしは、またゆめやさんにいきたいです。

『猛暑とコロナのダブル疲労』
                               中島 地利世(チトセ)

今年は、何十年かに一度と噂される程の異常な暑さに、みなさん、熱中症などになられていない事を願うばかりです。まだまだ、コロナ終息が見えてこない中、一番キツイのは、マスクですね…。テレビでお医者さんが言われているように、私も普段は、誰も近くにいない時だけはできるだけ外して、熱を逃がしています。
「夢屋」の工房は、だいたいいつも、室内の温度36~38、湿度70~85(最高で40度、90%の時も)の中で、作っていますが、サウナの様な状態だから、汗の量が凄くて…最悪パンやテーブル等に落とさないように、厳重に気をつけています。自分がやっている対策は、まず髪の身だしなみの為のキャップは当たり前ですが、汗が酷い時はその上からタオルをほっかむりのように巻き、顎に伝い落ちる汗を受け止めたりもしています。確かにマスクは大変ですが、こんな時、汗の受け皿の役割(笑)にもなるので、結構、助かります。
普通のマスクを付けていると暑いので、出来るだけ冷感マスクを使用して、濡らしたり、中に小さい保冷剤を入れたりと工夫しながら、なんとか乗り切っています。
中島家での過ごし方を紹介します。母がいつも生活している家は、2階建ての上の部分だけ使用されているアパートで、下の階は家主さんの専用の車庫になっています。
家主さんが、その車庫の入り口(シャッター)を夏の間も開かれていないので、車庫内では凄まじい熱空間が作られ、それがそのまま上に伝わり、2階の部屋は床暖房が効いた、まるで蒸し窯のような状態になります。(-_-;) クーラーを取り付けていないので、玄関の扉を開け放ち、窓を全開にし、ベランダは網戸にしても、扇風機から送られてくる風は温風機…ダルくて、横に寝転べば床暖房…と全く快適にすごせる家じゃありません。(苦笑)浴槽にプールのように水をためて浸かり、涼を取るなどしています。
そんな暑苦しい状態の中、母が何を血迷ったのか、突然ストレッチ体操を始め、四つ這いの格好でそのままベランダの網戸に向って、突進していきました。(@_@)
その勢いで、Σバリバリっ!と網戸を打ち破ってしまったので、慌てて母を止めてドアを閉めたら、余計に室内の温度が上がってしまいました。
とっさにこのままでは危険だと思い、一番涼しい兄の家に避難しました。
そこもクーラーは使用していませんが、家の裏側に大きな木が何本も立っていて、日陰になる部屋があるのでそこにいるともの凄く涼しくて、快適にすごせます。改めて、自然の有難さを感じました。
これから、秋にかけて涼しくなる頃に夏バテの影響も出て、体調を崩しやすくなりますので、皆さま、健康管理には充分にお気をつけて下さい。

〇盲導犬ロダンの一日

下村津代

今日は、皆さんに盲導犬ロダンの一日をご紹介したいと思います。

ロダンは現在5歳の雄のラブラドール・レトリバーです。二年半前に福岡の九州盲導犬協会総合訓練センターからやってきました。まず朝6時にハウスから出て、しばらくそのままリビングで待機します。排泄をすませた後、7時から朝食です。食後、私が自宅内で用事をしている間、再び待機し、8時半に排泄し、9時に同行援護の方と私と一緒に買い物などの外出をします。帰るのは11時半から12時です。家に入るときは必ずオレンジX(多目的天然洗剤)を溶かした水で足を洗い、拭き取ってあげます。

ロダンは昼食はありません。排泄した後は部屋でのんびりしています。夕方にはブラッシングです。まずスクラバーブラシと言うゴム製のもの、つづいて豚毛のやや柔らかいものでしっかり抜け毛をとってあげます。仕上げは固めのスリッカーブラシです。その後、体をオレンジXの水で濡らしたタオルを絞り、丁寧に拭いてあげます。6時に食事をとった後は9時に排泄し、後は首輪を外してあげます。リビングの座布団の上でゆっくりしながら10時から10時半ごろに自分から立ち上がりハウスへ行って眠ります。

こんなふうに私にとってよき介助犬、そして家族の一員として仲良く暮らしています。 

〇8月に阿蘇市の小学校の児童さんが、夢屋に体験学習に来てくれ、皆でパンづくりなどして楽しく過ごしました。お礼の感想文を書いてくれたのでご紹介します。ありがとうございました。

スタッフの竹原さんは、毎年「生活つづり方」の研修の講師として人権作文集の編集会議などに招かれていますが、今年は市内の学校だけでなく南阿蘇からも呼ばれ、講話してきました。その中から先生方の感想を抜粋してご紹介します。(皆様、暑い中での講習、お疲れさまでした)

  • 今まで自己流で「生活つづり方」の取り組みをしてきましたが、わからないことも多く手探り状態でした。しかし、今回話を聞いて、私たちが普段何気なく話している会話の中にも差別や偏見やつづりのテーマとなる材料があることがわかりました。講話を聞いた後、子どもに接していると『あっ、これ書かせたい!』と思うことが増えました。
  • 先生のお話を聞いて、自分が子どもの頃いじめを受けていたことを思い出しました。当時、私は学校の先生にも友達にもその苦しい気持ちや悲しみ、くやしさを伝えることができませんでした。「生活つづり方」というものに出会っていれば、ずっと長く苦しまずにすんだのかなあと思いました。私と同じようなきつさを抱えた子どもたちが私の学級にもいるかもしれません。ぜひ、「生活つづり方」を始めようと思いました。
  • 「生活つづり方」に取り組んでいます。子どもの「つづり」を読むと実に色んな子どもの姿を見ます。家の仕事の事情で夕ご飯づくりを子どもたちだけでやっていたり、牛の世話を任されたり、夜遅くまで留守番をしたり…。私の娘も小学校の時、担任の先生が熱心に「つづり方」に力を入れて下さり、私の知らない娘の姿を知ることができました。最近は私もどうも仕事がうまくいかず落ち込んでいるときなど「つづり」を書いて気持ちの整理をしています。
  • いつも先生の話をきくたびに心が揺さぶられます(人として、教員として…)私が子どもの頃に「つづり方」に出会っていたら、もっと父の酒乱のことを理解し、許すことができたのではないか?と考えたりします。とても台拭きが上手な子がいます。「家でもしよるだろ?」と聞くと、「ウン、ばあちゃんの手伝いばしよる」と言います。ばあちゃんとお父さんの3人暮らしで、『あ~つづらせたいな』と思い、信頼関係ができることを願っています。

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