「共」に「生」きる。 in 阿蘇

時の流れは早いもの。ご存じない方も多いかと、開所以来の歩みを簡単にまとめてみました。

<「夢屋」の15年間の歩み>
1995 
4、下原猛さん宅一階で、作業所づくりに着手。内装、壁塗りは自分たちで行う。
7、奥の厨房を先に完成させ、パン作りを開始。旧一の宮町役場、学校などに販売。
1996 
4、小規模作業所「夢屋」として正式オープンし、開所式を行う。
8、広報『夢屋だより』第1号を発行。その後、月1度編集作業を始める。
1997 
安田火災記念財団、新日本友の会、ヤマト福祉財団、電気通信普及財団、「24時間テレビ」「NHK・わかば基金」「朝日福祉助成」より様々な助成を受ける。
1998
2、第1回「くまもとやさしいまちづくり賞」受賞。
1999
5、猛さんの父親が交通事故死。その二週間後、下原猛さんが、入所していた施設2階から飛び降り事故を起こし腰椎粉砕骨折。2ヶ月半後奇跡的に下肢機能が回復し退院。
10、一の宮町の「差別をなくす子ども集会」の成人部門で発表。大きな反響を得る。
12、地域の子どもたちと交流するため「夢屋ウィズ・ユー・デイ」を始める。
2000
2月に通所者の日野正徳さん、5月に下原猛さんが心不全のため死去。
8、日野さん、猛さんを偲び、「共生」について考える第1回『游人の日』を開催。
2001
一の宮町在住の難病者の外出支援で阿蘇市や熊本市内、県外と出かける。
2002
「夢屋ウィズ・ユー・デイ」が軌道にのり、リース、ろうそく、野草をつかったおだんご、万華鏡、綿菓子づくりと幅を広げていく。
2003
8、第4回「游人の日」で自立を目指す障害者を描いた記録映画『障害者イズム』上映。
2004 
9、ホンダ系の労組から発酵器の寄贈をうける。
    山田小学校へ、週1回、のべ35時間の総合的学習として授業参画。手話、パンづくり、絵本づくりの三本柱でメンバーが一丸となってやりとげる。
2005
10、第6回「游人の日」ピアニスト豊田隆博さんのコンサートを「野菜ty」で開催。メンバーらでつくる「游人バンド」もすっかり定着する。 
2006
4、宮地小、山田小、中通小など総合的学習で交流を始める。
10、阿蘇市から「地域活動支援センター」の委託をうける。
スペシャルオリンピックスのトーチランに参加。   
11、小国養護、大津養護学校から実習生の受け入れ。
2007
7、阿蘇市学校人県・同和教育部会課題別研修会に「夢屋」全員で講師として参加。
9、阿蘇中学校、一の宮中学校生徒が福祉体験。
10、内牧小学校・しいのみ学級との交流。
12、第7回「游人の日」に熊本ふくし生協理事長の中村倭文夫さんを迎える。
2008
1、熊日新聞新春地域特集号の巻頭で夢屋の活動が「ほんなもんの力」として紹介される。
5、蔵原(竹原幸範さんから提供していただいた土地)へ移転。
10、阿蘇ふれあいフェスタなどへの参加が定着。
12、メンバー中島地利世が県ハートウィーク主催「心の輪を広げる体験作文」で優秀賞。

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