「共」に「生」きる。 in 阿蘇

アティチュード

アティチュード Ⅰ

 

この記念すべきときを

祝うべき日を

早くわすれようと

過ぎゆくよう祈る自分はなにか

 

慟哭が背中をうつ

風のしらせが背中をうつ

道ゆく馭者が背中をうつ

 

問いはこぬ

果てからも

膝の深さからも

肩と肩の距離をもってしても

 

ときとときのすきまは

なにで埋めるか

 

つくりおきした

不意の狭間の道のりで

けだるい物腰は

叙せられる

 

アティチュード Ⅱ

 

君は生死の境において

なにものにも妥協するな

遠くから声するものを拒否せよ

 

影は君へいざなう

はじけ飛ぶホウセンカが

やがて霧消するときの

一刹那がすべてだ

 

誕生した

森羅万象の

うごめきおののく

危険の襞をどこにも

落ち着かせてはならぬ

 

アティチュード Ⅲ

 

わすれることがむりだとしても

もはやはなにごとも

発する必要はない

 

ならんだ干からびた

電子音を

消し去れば

それでいい

 

その日もたしかに

ふんだのだから

真白Óななにかをふんだのだから

 

なにもない

真白な地平は

けっして

だれにもふみこえれない

そんな

場所だったのだから

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