「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『夢屋だより』新緑号(115号)5/17発行からの文章です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風薫る季節の中、皆様へ新緑のご挨拶をさせていただきます。
作業所「夢屋」代表  宮本誠一

2019年度も早くも二か月半、新年号「令和」もやがて一月になろうとしています。皆様、お変わりありませんでしょうか。10連休はいかがだったでしょうか。夢屋の場合、4/30、5/1、5/2は通常通り活動をさせていただきました。それに当たってはメンバーに事前に意見を聞き、夢屋のパンを待って下さっているお客様にいつも通りおつくりしたいということで決めさせていただきました。その後、お客様方に連絡すると「助かるばい。待ってるよ」と気さくに快諾下さいました。本当に感謝しかありません。また4/28には長崎から森の家『野菜ty(のなてぃー)』にお客様があり、長期ご利用下さいました。一行は私の大学時代からの友人関係で、節目節目に彼なりの形でやってきてくれます。出会って40年になろうとしていますが、これもありがたいことです。そうして考えてみますに元号は新しく変わりましたが、当然ですが時間は途切れることなく続き、一日一日、一瞬一瞬の積み重ねなのだなとつくづく思う次第です。夢屋もこれまで同様、地道に活動を続けていく所存です。どうか皆様、よろしくお願いいたします。
さてもう一つ、私事でまことに恐縮ですが、部落解放文学賞という文学賞がございます。部落解放同盟が1974年に創設した文学賞で、「反差別」や「人権」の視点から審査し、現在の実行委員会の代表はルプライターの鎌田慧さんです。その賞にこのたび入選させていただきました。1997年に障がい者との「共生」をテーマにした作品で初めて入選を頂いて以降、今回で5度目となります。作品名は『有明幻想』で私の故郷「荒尾」を<漁業(海)>と<石炭(ヤマ)>双方から見ることで描いたのものです。実は11年前『涅槃岳』という作品で入選させていただきましたが、それは「阿蘇」での体験が大きく影響しています。ご存知のように有明海と阿蘇のカルデラは古代、阿蘇山の大噴火で形成されたものです。地下水脈も随所で繋がっています。自然は人にとって時に大きな災害をもたらしますが、同時に肥沃な地層や豊饒な海や干潟もつくりだしてくれます。いつかこの両方を舞台に描きたいという思いがあり、今回ようやく叶った次第です。阿蘇で活動させていただき教師時代も含め27年、これも今まで支えて下さったお客様、地域の皆様、行政関係者、そして一緒に日々の活動をしてくれている夢屋のメンバーやスタッフのお陰と心より感謝申し上げる次第です。本当にありがとうございました。
では4月から5月まで行事のご報告(予定を含む)をさせていただきます。
4/3~4 夢屋の見学と実習(一般者1名)
4/14、16 熊本地震から3年目を迎え、定刻にメンバー皆で黙祷を捧げる。
4/28~3 長崎からのお客様が森の家『野菜ty(のなてぃー)』ご利用。
5/8 阿蘇市人権・同和教育推進協議会総会(竹原出席予定)
熊本地震から3年。新設されるトンネルを含めた外輪山北側ルートに合わせ、国道57号の立野方面のルートやJRの鉄道復旧の計画(見通し)案も出てきたようですが、御一人御一人はまだまだ厳しい選択や状況に迫られている方もいらっしゃるかと思いますし、ご苦労の重さを思うと胸が痛むばかりです。夢屋も微力ではありますが、これからも活動を通じて皆様と繋がらせて頂ければと思います。どうかよろしくお願いいたします。

『母の日常生活』       中島 地利世

前号の母のお話が有難い事に好評で、「もう少し知りたい」と関心まで持って下さる方もいらっしゃいましたので、引き続き、もう少し母のお話をさせて下さい。
いくつかある症状の内の1つ「幻覚症状」についてなんですが、これが一番厄介で…。ほぼ幻覚の世界だけで生きているような人で、母が言うには毎日のように、主治医やたくさんの芸能人が入れ替わり自宅に来ているらしいです。(苦笑)
今まで「高倉健さん」、「松崎しげるさん」と例をあげたらキリのない位の有名人が…その中でも特にいつもいるのは、「福山雅治さん」「渡辺謙さん」「長渕剛さん」の3人です。自分が好きな人が多く、なかでも長渕剛さんは自分の旦那さんだと思い込んでいます。妹と「なんて、図々しい人やろうね」と笑いながら、最近は母がしてくる雑談に合わせて「忙しい人やけんね~しょうがないよ」など、偽作会話をするようになりました。(そんなわけないよとか、それは違うよ!と否定的な言葉をかけるとパニックになって、ものすごく暴れ出すからです)
そんな母の幻覚の世界で、今のところ最も出現が多いのは、なんと【夢屋】の代表、宮本誠一さん(笑)
最近、特に「宮本さん」呼びが多く、担当リハビリの男性や訪問看護の人にまで、宮本さんと呼び、「なかなか僕の名前は覚えてくれませんね…」と冗談でヤキモチ言われる事もしばしばで…。
終わって休憩させている時も、いきなり誰もいない方を向き1人で笑いだして「あ~そうなんですか~」と楽しそうに会話しているので、「お母さん、誰と喋りよると?」と聞くと、「なん言いよっと、宮本さんたい!」と、またしても宮本さん登場。(-_-;)
私達よりそんな幻覚に見える人達の言葉しか信用せず、たまに、子どもも見えているようで「この子に何か食べさしてやらな…」と、お金も持たず1人で勝手に外に出ようとする事が増えてしまい、心配で気が休まらない日々…。
でも、大変だからってずっと家に閉じ込めておくというわけにもいかず、時々、妹がついてちょっとした散歩する時間も作ってくれています。
そんなある日の出来事…。その日も1人で勝手に出ようとしたので、「一緒に行くけん待って」と言いながら2人で階段を下りた後、ちょっと油断した一瞬のうちに腕を振り払われて、もの凄いスピードで走り出して行ってしまいました。目は開いていても何も見えてない状態で、車道の真ん中だろうが構わず「こんな早かったっけ!?」と驚くほど全速力で走り続けるので、こっちも必死に呼びかけながら追うのですが、そのうちそれが母にとっては恐怖に感じてしまい、母からとっさにでた言葉が「宮本さん、宮本誠一さん助けて~!!」と何故かフルネームで叫びだした後「宮本さん!許して~」と叫びながら、そのまま旧宮地小(体育館)周りの石垣に突っ込んでいき、ぶつかった反動で後ろ向き転倒してしまいました。幸い大きな怪我はありませんでしたが、母の自宅が「旧夢屋」の近所なので、妹が「あんたこれ、旧夢屋の近所の人、宮本さんのこつ知っとるやろうけ、どげんかして説明しとかんと、変な噂がたって迷惑かかるよ!」と、まるで宮本さんが母に虐待でもしているように思われるのではないか…と心配していました。妹には「宮本さんは、周囲に信頼が厚い人やけん、大丈夫よ!」と言っておいたのですが、「でも今度は何を言い出すか…」と、どうしても安心できないようなので、今回、念のためにこの場をお借りして、皆さんにお知らせしておこうと思いました。(苦笑)街中だろうが、病院内だろうが、突然、叫びだす時があります。もちろん、そうならないように気をつけてはいるのですが、万が一、どこかで皆さんのお耳に入るくらい、「宮本誠一さん!」と叫んでいる女性をお見掛けしても、もちろん宮本さんに「助けてほしい」の意味の「助けて!」ですので、今後ともよろしくご理解お願い致します。
つくづく思う、ふつうに散歩できるという幸せ。  下村津代
熊本地震から早くも3年が過ぎ、今も全国のあちこちで地震が起き、また阿蘇山の噴火などニュースを聞くたびに不安に思うことは多いのですが、まずは同行援護の方とロダン(盲導犬)との買い物などを兼ねた散歩をしているとき、つくづく何も起きない日常が幸せだなあと感じる毎日です。ロダンとの生活も早くも 1年半になり、少しロダンも日々の日課や散歩のコースやテンポにも慣れてきて、周りに興味があるものがあるとそちらに目を向けたり、立ち止まって頭を下げたりすることも増えてきました。本来、私と二人のときはきちんと「ノー」と言って正すのですが、同行援護の方などとの散歩の時は、ときどきはこちらもその動きに合わせてあげます。これまでのデイビーやウルマと比べて気が小さく、緊張気味に黙々と歩いていたロダンですが、こちらとの息も合いだし、お互い余裕をもって散歩ができるようになってきました。本当にロダンがいてよかったなあ、毎日を大事に暮らしていきたいなあと思うこの頃です。

~山田小、Forever~

ちょっとなつかしいですが、昨年(平成30年)2月19日にやってきてくれた山田小4年生のみなさんの感想を載せさせていただきます。夢屋のメンバーやスタッフにとっても忘れられない素敵な体験と交流になりました。これまで夢屋に来てくれた山田小のすべての皆さん、本当に長い間ありがとうございました。
●パンづくりの準備ありがとうございます。ぼくが一番心に残ったことは夢屋さんの人はなぜ、笑顔なのかということでした。皆に会えるからとか夢屋では差別がないからということでした。皆が差別をしないでいれば、障がいのある人もない人も毎日,楽しく暮らせると思いました。
●パンを焼きながら歌を歌ってもらったときにどういうことに注意をしてパンをつくればいいのかが勉強になりました。材料を一回一回、しっかり計ってつくっていたので大変な仕事だなあと思いました。楽しそうにパンをつくっていたのでおいしいパンができるのかなと思いました。パンを皆にあげたらおいしいといわれたのでうれしかったです。ありがとうございました。
●夢屋さんでぼくは障がいをもっていても、世の中に障がいとなるものがなければ幸せに暮らしていけると気づきました。夢屋では皆さんにとって障がいがないのでいいなと思いました。
●私は夢屋さんに行って、ゆうこさんやみさきさん、ちとせさんなどの話を聞いて差別やいじめはだめだということをくわしく知りました。そして宮本さんはたけしさんが亡くなってやめようと思ったけど続けているのですごいと思いました。きんちょうしたけど、ゆうこさんや宮本さんなどがやさしく教えて下さったのでうれしかったです。またぜったい行きたいです。
●障がいをもった方々は、みんな笑顔で楽しそうにしていて、みんな障がいは関係ないんだなと思いました。皆さんとパンづくりをしたり、いっしょに話したりするのが楽しかったです。
●私は「夢屋」さんにいる皆さんが、いつも笑顔でいるみたいに毎日笑顔でいられるようになりたいです。それと差別やいじめをすると、されている人がいやな気持ちになってしまうから、とってもいけないことだと思いました。また「夢屋」さんに行って皆さんに会いたいです。
●パンをやいているときに歌や漫才をひろうしてくださってありがとうございました。楽しかったことは、パンづくりです。また宮本さんが自分たちのこともたくさん話してくださったことがうれしかったです。夢屋さんがいつも笑顔ですごいと思いました。もう一回行きたいです。
●私は夢屋さんに行ってスタッフの方、それぞれが特技を持っているのを初めて知り、すごいと思いました。いじめや差別がないからゆうこさんやみさきさん、ちとせさんが笑顔でいられるのですね。パンをつくったりいろいろな出し物をして下さりありがとうございました。
●ぼくは、パンづくりや歌が楽しかったです。また、差別はいけないことだと思いました。だから差別のない世界にして、みんながいやな気持にならないようにぼくも差別はやらないようにしようと思いました。自分でつくったパンはおいしかったです。
●夢屋さんに行ったとき、パンの作り方を教えてくださりありがとうございました。ぼくはパンをつくったことがなかったけど、宮本さんがやさしく教えて下さったからおいしいパンをつくることができました。

つくづく思う、ふつうに散歩できるという幸せ。 下村津代

熊本地震から早くも3年が過ぎ、今も全国のあちこちで地震が起き、また阿蘇山の噴火などニュースを聞くたびに不安に思うことは多いのですが、まずは同行援護の方とロダン(盲導犬)との買い物などを兼ねた散歩をしているとき、つくづく何も起きない日常が幸せだなあと感じる毎日です。ロダンとの生活も早くも 1年半になり、少しロダンも日々の日課や散歩のコースやテンポにも慣れてきて、周りに興味があるものがあるとそちらに目を向けたり、立ち止まって頭を下げたりすることも増えてきました。本来、私と二人のときはきちんと「ノー」と言って正すのですが、同行援護の方などとの散歩の時は、ときどきはこちらもその動きに合わせてあげます。これまでのデイビーやウルマと比べて気が小さく、緊張気味に黙々と歩いていたロダンですが、こちらとの息も合いだし、お互い余裕をもって散歩ができるようになってきました。本当にロダンがいてよかったなあ、毎日を大事に暮らしていきたいなあと思うこの頃です。

『コウキ&マイ日記3月~4月編』☆チー☆

3月はマイちゃんが休みの日もあって、コウキ君もとても寂しそうな様子。
あまり元気がでないのか…時々ご機嫌ナナメで自分の頭を軽くぶったりして、皆を心配させる事もありましたが…そんな時に、心強い作業時間があります。
毎年この時期になると、松谷文華堂さんから有難いシール貼りのお仕事のご依頼が♪
みんなで協力して、ペタペタシールを貼った後にでるビラビラの紙!これが、意外とコウキ君のお気に入りで、それをまとめて拾っていたので片づけてくれているのかと思ったら、口に咥えてみたり、揺らしたりして楽しそうに遊んでいました。(笑)
松谷さん、ありがとうございます。m(_ _)m
4月10日(水)
今日は、残念ながらコウキ君の方が風邪でお休みでしたが、久し振りにマイちゃんがやって来てくれました。「夢屋」に入るなりすぐ、いつもコウキ君が座っているソファーをジッと見つめ、何度かその方向に指差したりして、チョッピリ寂しそうにしていました。塗り絵のお仕事準備をしてあげると、休憩用に貰った飴玉もそっちのけで積極的に塗り始めてくれました。
午後からは、竹原さんが買って来てくれたおやつでみんなで休憩タイム。♪食べる時はむせたりして大変そうでしたが、終わるとすっかり大満足♡ニコニコ笑顔でハンカチ渡し遊びなどをしてくれて、とても楽しそうでした。

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