胸の痛みに耐えられず目を覚ました
以前感じたことのある痛み
いつもなら治るはずの痛みは一向に治らない
救急車
自家用車を運転しようか迷ったが
自家用車は三人の子に残さなければ
救急車を使用することに
ささやかな抵抗を感じたが
こういう時に利用しなければ
一生利用することはないだろうと思って
直感に素直に従う
赤いサイレンと共にやってきた救急車
以前乗車したのは妻の出産の時だった
今回は何も生まれる予定はない
むしろ生より死に近い
いずれにせよ命を運搬するのが
救急車の存在意義
コウノトリに似ているかもしれないし
棺桶に似ているのかもしれない
生と死は一枚の紙の裏表だから
母が通わせてくれた書道教室で
半紙には表裏があることを教わった
指先で触れたらツルツルとザラザラ
小学生用の紙はわかりやすかったけれど
大人になって使った紙はわかりにくかった
生きているのか死んでいるのか
人の寿命は決まっているのかもしれないが
死んでみないとわからないから
死んでから早かったとか長生きだったとか
言われても仕方がない
本人には関わり合いのないこと
三人の娘が大きくなるまで
生きていられたらいいと思ったけれど
それは取らぬ狸の皮算用で
年は毎年一つずつ取るしかないもの
もう早とちりはすまい
血管にカテーテルを通す検査を
意識が朦朧とした中で
仏に縋る思いで
医師に身体を差し出す
元々身体も自分の物ではなく
神様からの借り物なのかもしれず
空っぽの身体に
なんでもかんでも
不健康そうな食べ物も詰め込んできたのは
俺のわがままだったのだと
今更反省している
喉元過ぎれば熱さ忘れるで
どうせまた退院したら
今考えていることの切実さは忘れてしまう
何かに書き留めておかなくっちゃあいけない
日記も三日坊主で全然続かないけれど
付けておけばそれだけの時間を
生きて来たという実感になる
死ぬ時に持ってはいけないけれど
生きている時の重しになる
生きることを丁寧にするってのは
案外そういうことなのかもしれない
どうせあっけなく人生の幕切れが
思いもしない時にやってくるのだから