七十八と二の瞳       宮本誠一

 

水涸れし花瓶

突きとおされた一本の鉄線

色褪せた葩からただよう

死臭

机下や棚の隅 本の隙間 用具入れ

息をひそめ

嵩をじっと待つ

 

たしかにそのときも、かすかに音がしていたのです。わたしは、直接、触れてみたく耳を澄まし、案外それが身近にきめ蠕く鼓動の響きかもと思いました。かつて寒さにふるえる我身を、寒さにふるえまいとすることで帳尻を合わせた月日を遠い国の人のように思い、首の痣がうすれゆくことが新たな旅立ちであると信じていた自分と、いつしかその痣を免罪の烙印として許してしまった今の自分との変位を可能なかぎり見とどけるつもりで風を稟け立っていたのです。なんのわだかまりのない地上と同じく、なんのわだかまりもないわたしの端々をいつかは具体的にむすびつけるであろう八十の瞳の〝風〟を待ちながら。

 

乱れくる足音

取り抑え伏されしもの

ズレ落ちた第四断層

切り刻む

ゼラチンの破片

 

耐食の台に光る

メスとチタンの

接合なき真実よ

甦る七十八の瞳の視線

されど呼べどこたえぬ二の瞳よ

 

気づけば途切れがちに皿が鳴る情景にいました。遠い歳月を思わせる枝分かれしていく血の流れと、あらわれては消えゆく顔を一つ一つ思い浮かべ。はるかに見やろうとすればするほど、斃れし者が気にかかるほどの重さで、忘れかけていた鳩尾をすりぬけていきます。

 

天動き星過ぐるとも

時を信じるな

 

そろりと足を動かし自分自身を一周できるまでに、吐き出したいことを吐き出せぬまま〝永遠〟に近づけることで二度と満足させることがないよう、瀝ってくる鉄の鎖だけを手がかりに舌先に転がし、今はただ、歩いていくのだと八十の瞳が言うのです。

 

風よ

七十八と二の瞳に吹く風よ

今もあなたたちは

裏切りし我を憎んでいるか

くだかれた腰骨は墓下で

音を鳴らしているか