「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『ダスト・イマージュ』/その五

 「それ本当なのか?」
 ぼくが、里子から予備校をやめるつもりであることを聞かされたのは、二人が入学した年も明けた新年早々彼女の家でだった。
「幸い、私の場合授業料分割にしてもらっているから、今度の新学期から辞めるのは都合がいいのよ。それに社長もどうせ生徒に対して契約違反いっぱいやってんだから文句は言わないでしょう」
「辞めてどうするんだ、自分で勉強するのか?」里子はそれにはすぐには答えず、手元にあった新聞を引き寄せぼくの方へ差し出した。開かれていたのは、地方紙版の情報の案内欄だった。『求人』というところに赤線が一箇所引いてありぼくの目がそこにいくのに時間は必要なかった。
 求む。家庭教師・やる気のある人・一科目月一万・大検受験生
 その後小さく書いてある場所と電話番号、それに名前は紛れもなくここと里子自身のものだ。
 「へえ、これお前だしたの」
 ぼくは、いかにも感心と呆れた気持ちが混ざったふうに息を継いだ。
 「京子ね、井芹さん、」
 ぼくの反応を一瞬確かめてから
 「あの子も、これに参加したいんだって」
 里子は、さらりと言った。
 「一万円よ。今時一万円で来る人いるか不安だけど、来なけりゃ来ないでもいいの。まあ、最初から一遍でやるより予備校の方、科目減らすことは結構融通きくんだから、こっちの方との兼ね合いで新学期から断るってのも手じゃないのかって、そっちの方も考えたんだけど。科目が決まり次第、すぐに受けている科目削ってもらったりしてね。でも私にしたら、どうせ今のままじゃ、予備校行かないの目に見えてるしこっちの方がいいやり方かもしれないって思ったのよ」何の臆げもなく話す里子のこの案を、ぼくはさして良いこととも悪いこととも取らなかったが、一応の説明だけは聞いておこうと、相手に向かった。
 「採用するかしないかは、必ず京子と私の二人で面接やって決めていこうって思ってるの。篠見先生には悪い気がしないではないんだけど、どうしても私、自分で自分を教える先生を選んでやってみたいのよ。ねえ、考えようによったら一つの試みとして面白いことだとは思わない」
 「もし、気に入った先生が来なかったら?」
 「そのときはそのときの話よ。でもさっそく、これ三日前出した広告なんだけど、昨日電話があったのよ。K大の工学部の学生だけど。結構やりたい人って一杯いるのよね」
 「でも考えようによっては、結局同じことになってしまうじゃないのか」
 里子はそれにも、まるで一つのゲームを楽しんでいるかのように、「私、これでもいろいろ考えたのよ。少なくとも、今度は、自分で決めた教師なんだからこっちにも責任あるし、間に社長や篠見先生がいない分だけ私の方も、なんて言うか自由にできるんじゃないかって気がして。お金の方は喜代美に紹介してもらった今のパブでなんとかやっていけるし。とにかく今は、あの予備校を離れることが先決じゃないかって考えたのよ」
 「井芹さんは、どうやってこのこと知ったの」
 「彼女も随分苦しんでたみたいでね。ほら、去年の終わりぐらいから、篠見先生が急用とかいって無断でよく休んだことがあったでしょう。そのとき井芹さんも授業に来てたんだけど出席者にはなんの連絡もなくて、さんざん待たされた挙げく、結局篠見先生が受け持っていた授業の代わりに何か他のことしようとする気配さえなくて、それどころか社長も後で補習して必ず埋め合わせするからって言っといたくせにその場凌ぎで、せっかく授業に出て来たのに。彼女にしてみたらこんなものかなって、なんか全部嫌になっちゃってたんだって。その時私も偶然来ててね。一緒にコーヒー飲みに行ったのよ。そこで、私来年からこの予備校辞めて自分で先生雇ってやるみるつもりなんだってことを話したの。そっちの方が断然安くつくし、面白いじゃない。この予備校もほとんど設備に投資してないみたいだし、来たって生徒はお互い傷を癒し合って満足してればいいって子ばっかりでしょう。変わりばえしない陰気で暗い部屋が待っているだけよ。第一、先生に対する待遇だって相当悪いらしいわよ。田中さんて女の事務員の人ね、聞いたら結構お喋りで色々話してくれるんだけど、篠見先生なんて、一応職員になってる関係上月給制になってるけど、非常勤講師の額で計算したら今より三倍ぐらいのお金かかる授業受けもってるんだってよ。まったく社長なに考えてるのかしら。それに篠見先生も、最近生徒から無心して、平気でお金借りてるようだし、授業だって、何かしらないけど終わりの方じゃよく休むようになってたんでしょう」

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