「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『島』・その一

                島
               解逅
 その島に来て彼は、三つの倉庫を見た。
倉庫はそれぞれ独立した形をとりながら海岸べたに打ち寄せられたものかどうなのか定かでない、今まで彼が見たこともないような奇妙ながらくたを丹念にその周りに並ばせていた。
 倉庫に近づくとそれが、思いの外巨大で頑丈な造りをしていることがわかった。 僅かにがらくたの中に埋没しきっていない鉄骨のような、それまた不可解な石に似たものでつくられた骨組みとその下に隠れているであろう地中にもぐった目に見えぬ部分までがまざまざとかれの眼前に見て取れる気がした。
 彼は、一番手前にある倉庫の庇とも言えぬほどにかなり上方から影を壁に落としているその下に立った。
 その倉庫は、海岸の砂とは明らかに組成を異にし、塗り固められてはいるものの金属片を細かく砕いてまぶしたような凹凸の多少ある滑らかさを表面に持った壁面を抱え、触れるとやや吸い込まれていきそうな感触と、柔弱さを備えていた。彼から見ると実に奇妙ながらくたは、スポンジを丸めたようなものやハッポースチロールのような軟質のものが固まって自然石のように凝結したものまでどれも、ある共通する性格のようなものを持っていた。
 手にすると粉々に砕けていくといった脆さはなかったが、布のような、肌と容易に馴染んできそうなところがあり、それが一度崩壊し再び同じ歯形と連接部をもったものと辛うじて組み合わさり、たまたま今だけ幸運にも強い磁力で結び合っているといった感がした。その共通するものが何なのか、まだこの時点では彼にはわからなかった。
 倉庫に沿ってときどき掌で壁に触れ歩きながら、彼は、出入口を探してみたがどこにもそれらしきものは見当たらなかった。外回りをがらくたに足をとられないよう注意し歩くだけで三十分そこそこ必要で、それでも壁の中には切れ目一つ見つけ出すことはできなかった。
 するとこれは倉庫ではなく、何か別の目的のためつくられた建造物なのかもしれなかった。
 そんな確信を揺るがす不安のようなものが彼にこのときよぎったが、この目の前にある物体がこの島の謎の中心を握っているであろうという彼の勘にたいした影響は生まれず、それどころか増々その核心に近づくことで起こる静かな心の底のうねりは深まっていった。
 彼がこの島に来た目的は次のことだった。
 この島がゆっくりとではあるが確実に海面に沿って傾斜し沈みつつあることは既に数年前から継続的に行われていた地質調査で明らかだった。そのことをさっそく、とるべき経路を通し、この島に住むそう多くはない島民たちに知らせてもいた。
 島民たちの大半はその話の内容に多少耳をかすことこそすれ動じることはなく、相も変わらず当時から日頃の生活を繰り返していた。それどころか最近では、実際に数値的には沈下しているにも拘らず、この島がここ一年ほどに隆起を取り戻していることが近年開発された高度な測量機械と航空写真の分析機によって実証されたのだった。それも海抜下での変化は以前同じ微少なマイナスを記録しているのに、あたかも島全体が中心部から周辺にかけ膨らんで行き土塊だけが地表へ突き出し沈下に見合った分だけの体積分が増加されたとでも言うように、この半年ほど小まめに収集されたデーターがその値を解明し答えを出して来ているのだった。
 ところが、調査にあたった者たちはそれを一時的な変化としか見ず、さして重要視することもなく次の依頼先へとうつっていた。 
 彼もその中の一人だったのだが、あの航空写真数枚とコンピューターのディスプレイに写し取られた地表の変動のみ染色されたグラフィックを思い出すにつけ、彼にとってその変化の特長がどうしても気になりだし、いてもたっても頭から離れなくなった。同時に妙に落ち着きだった島民の様子さえ記憶の中で膨れるように蠢いて、島のことがいつのまにか成し崩しにできないものとして残っていった。
 彼は、研究所に三日の休暇を願いで、自分なりに納得のいく結論を出そうと、もう一度この島にやってきたのだ。

コメントはまだありません

TrackBack URL

Leave a comment