「共」に「生」きる。 in 阿蘇

いよいよ、今年も大づめですね。お世話になった方々へのご挨拶です。

2006年を終えるにあたって 

今年も、例年同様、様々な方の力をおかりしながら、なんとかやってこれました。つきましては、まず4月からの主な活動内容を列記し、関係者の方々へ深くお礼申し上げたいと思います。
4月~6月 職場復帰のためのリハビリを兼ね新しい形で利用者を受け入れる。
      利用者の方、T氏より、寄付をいただく。
6月    宮地小学校の四年生と総合的学習をスタートさせる。
      第一回目として「夢屋」からパンづくりの出前授業を二度行う。
      26日~30日まで、大津養護学校から実習生が来る。
7月 5日 NPOの認可を受け、運営母体が「夢屋プラネットワークス」となる。
  12日 宮部修一さんの講演を宮地小といっしょに取り組む。
  26日 阿蘇郡市特別支援教育研究会夏季研修会で講演。
8月17日 阿蘇市学校人権・同和教育部会課題別研修会で講演。
  23日 小国養護学校から保護者、教員が見学に来る。
  25日 県立盲学校から新採研修。
9月    本格的にパソコンでのホームページ(ブログ)をスタートさせる。
10月 1日 阿蘇市から、「地域生活支援センター」の委託を受ける。
    2日 山田小6年生が、パンづくりなどを体験学習。
  3、4日 阿蘇北中から、五人の生徒が福祉体験(2日間)に来る。
    7日 スペシャルオリンピックス・トーチランに参加。
   10日  豊田隆博コンサートを宮地小と企画。
   16日 山田小へ交流学習へ出かける。
   26日 長嶺小から子ども6人、大人8人が見学に来る
   31日 独立行政福祉法人福祉医療機構の助成により、小説集『トライトーン』出版。
11月 8日 熊本パイロットクラブから、寄付を受ける。
   13日~17日  小国養護学校から実習生来る。
   20日~25日  大津養護学校から実習生来る。
   27日 宮地小の総合的学習の取り組みとして、菊池恵楓園の入所者を招 き、講演会を行う。
12月  『トライトーン』を市長を始め、市内の図書館や中学、高校へ謹呈。
     
     利用者の高齢者の映画見学への外出支援を行う。
     本当に、みなさんの暖かな心とご協力、ありがとうございました。


さて、多くの方々のお力で、どうにか越せそうな2006年なのですが、そんな中で敢えて一番の大きな出来事を上げるとすれば、これまで無認可の運営母体「ともに生きる会」がNPOを取得し「夢屋プラネットワークス」となり、『地域生活支援センター』へと移行したことではないでしょうか。
これに当たっては、委託をしていただいた阿蘇市役所を始め、行政の皆様に大変お世話になりました。重ね重ねお礼申し上げます。
また、それに伴い、新しい非常勤のスタッフや利用者も増え、現在着々と、よりセンターにふさわしい体制づくりへと進んでいるところです。
ところで、自立支援法に伴うそんな激動の福祉現場から、ちょっと外へ目を転ずれば、やはりそこにもこれまでにない動きが始まっているようです。
小中高生のいじめによる自殺は、深刻な社会問題として、県内でも大きな影を投げかけているようですし、その流れの中で可決された教育基本法改正案の「我が国と郷土を愛する態度を養う」文面は、今後、どんな形となり学校現場へ影響をもたらすのか、私たち国民一人一人が注視していく必要があるように思います。
と言いますのが、つい数日前、『硫黄島からの手紙』(第二次世界大戦下の硫黄島の戦いを日米双方の視点で描く2部作の1つ。米側から描いたのは『父親たちの星条旗』)という映画を、夢屋のメンバー三人(一人は高齢の方)で菊陽町にある「光の森」へ見に出かけました。
車椅子を持っていきましたがエレベーターを始め、広々とした通路や耳の遠い方専用のヘッドホンなど設備の充実に、まず驚きました。
映画内容は、栗林忠道中将を中心に、米側との圧倒的な戦力差を地下要塞をめぐらすという、いわばゲリラ戦で抵抗し、5日で落ちるといわれた島を36日間死守しながら、最後には力尽き、玉砕に辿る道が描かれていましたが、お供させていただいたお一人は、戦中派の同世代ということもあり、涙されていました。
監督のクリント・イーストウッドはアメリカに肩入れすることなく、むしろ驚くほど平等に描いていたように思います。彼はテレビのインタビューで「戦争に『英雄』はいないということを知ってほしい」と語っていました。
確かに、激しい戦局の中でも、家族の安否を気遣い手紙を書く栗林氏は、優しい父親ですし、1932年ロサンゼルスオリンピックの乗馬の金メダリストで愛馬ウラヌス号に跨る「バロン(男爵)西」こと西竹一中佐は、最後まで捕虜を治療しながら、リベラルな態度を保ちつつ、しかも部下を誰よりも思いやる人です。もちろん、その他多くの兵士たちも市井に戻れば様々な庶民としての顔を持つ人たちです。
私は戦地にあってもそのような人間性を失わぬ方に敬意を持ちますが、残念なことに多くは、ひとたび「戦争」となれば、それまで保っていた人格や優しさなど、こともなく吹き飛ばされてしまうことをこの映画は克明に、そして真摯に描いていると思います。
戦場で、特に追い込まれた状況になれば正義か悪かなどの理屈より先に、生きるか死ぬか、殺されるか殺すかの憎悪や欲望、恐怖や震撼を剥き出しにした世界があるだけなのだと見終わった後実感しますし、何ともいえぬ虚しさがこみ上げてきます。
この人たちがもし平和の時代を生きていたら、どんな豊かな人生が持てていただろうかと。
教育基本法改正案の「愛国心」をめぐる個所で、安部首相は「子どもの内心に立ち入って評価することはない」と明言していますが、一人歩きしていくところも「法」の怖さです。「愛国心=戦争」ではないかもしれませんが、人間は尊くもあり、愚かな面ももっています。
自国の国益や論理を最優先したり、他国へ良かれと無理押ししたりすることから様々な軋轢や紛争が生まれてきていることはこれまでの歴史が証明していますし、前述した戦争になれば「狂気」に走ることも人間の内側には潜在しています。
だからこそ、「法」の存在は大きく、これまでの多くの犠牲を無駄にしないよう、ナショナリズム的表記に関しては慎重に対処し、歯止めを打ってきたはずです。
 
「夢屋」の利用者のある母親の言葉を思い出します。
「私は戦争反対。だって戦争になれば、うちの子のような障害者は一番に殺されるもん」
社会的弱者であるがゆえの切実な声を、今、考えずにはいられません。
2007年が皆様にとって、より良き年であることを願っております。
(これは、『2006/『夢屋だより・冬号』の巻頭文に加筆したものを掲載しました。)

2 Comments

  1. 宮本さん、初めまして。北海道十勝のnobです。
    コメントいただき有り難うございます。
    共同作業所を運営され、なおかつ文筆活動までされているとは、エネルギッシュなご活躍に敬服いたします。
    私は高齢者の介護・医療の分野で仕事をさせていただいていますが、毎日が一杯一杯で、自分のブログに手を入れるのは月に1・2度あればいい方です。
    今後も、時々立ち寄らせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

    コメント by nob — 2006年12月24日 @ 3:53 PM

  2. 「硫黄島からの手紙」を観る

    まず映画館がほぼ満席で驚いた。「父親たちの星条旗」のときはガラガラだったのに。 やはり高齢の方が多いようだった。 栗林中将は名将として知られているが、案外部下の下士官には恵まれていなかったようだ。栗林中将着任以前、海岸の砂場に陣地を作ろうとしていたのはた..

    コメント by 飛語宇理日記 — 2006年12月24日 @ 10:54 PM

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