「共」に「生」きる。 in 阿蘇

『夢屋だより』年末号の文章をいくつかご紹介し、ご挨拶とさせていただきたいと思います。

2017年も大変お世話になりました。来年もどうかよろしくお願い致します。
「夢屋」代表 宮本誠一
早いもので今年も残すところあとわずかとなりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。熊本地震以来、住居や生活の変化など様々なご苦労の中で御暮らしの方もまだ多くいらっしゃるかと思います。この場をかりてのお見舞いと、このまま大きな災難なく無事に年が越せますことを心よりお祈りするばかりです。
さて夢屋は前号でもお知らせしましたが11/13にはこちらから一の宮小へ出かけ、6年生の皆さんと総合的学習での講話をさせていただき、11/20、12/4には一の宮小学校から計17名の児童の皆さんが体験学習に来られ、メンバーと一緒に楽しくパンづくりや歌や漫才などを披露し交流を深めました。児童の中には私が宮地小で担任していた教え子の子どもさんもいて、開所して23年の月日の長さをしみじみと実感しました。その後、用紙一杯に書いた一人一人の感想文やパンの配達へ行った際、ラミネートした素敵な御礼状の贈呈もあり、改めて地域に根差した作業所である喜びに浸らせていただいた次第です。また、他にも私事はありますが、読書感想文コンクールの審査委員長として無事に審査会の終了と各賞の決定、そして感想文集の発行ができたこと、また阿蘇市障がい者福祉計画策定委員として日頃の作業所運営を通じての視点から、いくつかのご意見を述べさせていただいたことなど、委嘱任務を無事に終えることができ、関係者の皆様に深謝申し上げる次第です。
では12月から来年1月までの行事のご報告(予定も含む)をさせていただきます。

12/4 一の宮小学校からの体験学習(児童、教職員含め12名)
12/5 熊本大学教育学部教授 古田弘子教授がゲスト講話の打ち合わせで来訪。
12/28 夢屋の仕事納め(パン作り、配達の後大掃除と忘年会)
1/19 熊本大学の学生(受講生184人)に「現代教育について考える」をテーマにメンバーとスタッフがゲスト講話。(下村、中島、池邉、山内、宮本、竹原、盲導犬ロダン)
1/22 一の宮小学校からの体験学習(児童、教職員含め12名)

上記の福祉計画策定委員会ですが、「施設入所者の削減」が論議の一つで出ました。簡単に言えば本人の意志決定を尊重した上で、もし地域生活を望むのならグループホームも含め、できるだけ希望の場所で暮らしていただこうというものです。2006年の障害者自立支援法施行を受け始まり、三年間が計画期間とされています。第一期~二期はマイナス7%、第三期マイナス10%、第四期マイナス4%となり、第五期がマイナス2%というのが国の設定した数値目標で、来年度からが第五期となります。実際には平成20年に144,425人いた入所者は平成27年には131,881へ、グループホーム利用者は46,485から100.314人へと推移しています。思えば23年前、夢屋を始めたのも微力ながら障がいのあるなし関係なく、本人が望む場所でごく普通に生活できる環境づくりの一役となれればとの思いからでした。施設であろうが地域であろうが本人が安心して自分らしく暮らせる場所が一番とは思いますが、これからも地道にメンバーやその家族、お客様や行政関係の方々と一緒に歩んでいければと思っています。最後になりましたが皆様のご健康とご多幸を心からお祈願し、年末号のご挨拶とさせていただきたいと思います。

11/22に『野菜ty(のなてぃー)』に、沖縄とネパールのお客様がご宿泊されました。
〇ご宿泊された特定非営利活動法人沖縄県自立生活センター・イルカさんと今回の来熊の目的についてご紹介をさせていただきます。

現在の代表は長位鈴子さんで、1993年に設立され、夢屋が作業所をつくったのと同じ95年に沖縄県宜野湾市に自立ホームを開所されました。どんな重度の障がいをもっていても、地域で介助者や家族、友人たちと一緒に生活をしていくという、自立生活を送ることを目的に活動されています。これまで沖縄県内で低床バスやノンステップバスの普及や、バス会社や提携して新人や中堅の運転士の研修をしたり、自立生活をしたいという障がい者のためにサポートや相談にのったりされています。
また全国の自立生活センターと協力しながら海外支援も行われています。今回はその一環でつながったネパールの仲間たちとご一緒に夢屋を見学に来られ、簡易宿泊所『野菜ty(のなてぃー)』にご宿泊されました。
このたび熊本に来られた目的は、JICA(独立行政法人 国際協力機構)の『草の根技術協力支援事業』の一つで、ネパールと交流しながら障がい者のエンパワメント(個人が自分自身の力で問題や課題を解決していくことができる社会的技術や能力を獲得すること)を目指したものです。研修では首都カトマンズから女性二人、第二都市ポカラから男性二人を研修生として招き、被災地支援の在り方について学ぶためやって来られました。

〇阿蘇市や夢屋、簡易宿泊所『野菜ty(のなてぃー)』の感想をお載せします。
沖縄から来たわたしたちにとって、11月の熊本は想像以上に寒い所でしたが、中でも阿蘇市は寒く、最初は凍えてしまうのではないかと思ったほどです。でも『野菜ty(のなてぃー)』での初めての薪ストーブと灯油ストーブで部屋全体を温めることができ、エアコンの温風とは違った素朴な優しい暖かさにとても癒されました。夜中に薪が燃え尽きると途端に寒くなったのですが毛布にくるまってしっかり温まり、翌朝布団から出るのがつらかったです(笑)。
みんなでシチューをつくり、薪ストーブを囲み、不慣れな英語でコミュニケーションをとりながら、夢や希望、願いを語らうことができて本当によかったです。
今回の訪問で、熊本地震の被害状況や阿蘇市について、もっと知る時間あればよかったのですが、あいにくスケジュールに余裕がなく、駆け足だったのが悔やまれます。ただそんな中でも、熊本市内から阿蘇へ向かう道中で復興工事などを少し見ることができたのと、益城町で被災障がい者の方からいろいろな体験をお聞きできたことは今後わたしたちが活動をやっていく上での大きな宝となっていくここと思います。
今度またうかがうことができれば私たちも今回の研修を生かして学習し、また違った熊本、阿蘇を見ることができるのではないかと楽しみです。イルカの別のメンバーにも薪ストーブや阿蘇の自然に触れてもらいたいので、またお伺いするかと思います。そのときはどうかよろしくお願いいたします。今回は歌や漫才のご披露、オルモ・コッピアさんでは飲み物のサービスまでしていただき本当にありがとうございました。(スタッフ・照屋 周子)

♪『交流が多かった2017年』
☆中島 地利世☆
今年もいつの間にか終わりが近づき、改めて振り返ってみると今までにない位、素敵な出会いが多く、充実感がギュギュっと詰った一年でした。まず、一番 忘れてならないのが、春号でも書きましたように、社会福祉法人 「さくらんぼの会」の理事 大野健志さんとの出会いです。   
2016年の熊本地震の時に、生活に必ず必要な物や、水、食べ物が手に入りにくくなった時、わざわざ【夢屋】まで、物資を届けて下さいました。それを、宮本さんが、自分も負傷しているにも関わらず、自宅まで届けて下さいました。あの時の安心感は、今、思い出しても泣きそうになります。その大野さんが「夢屋」に見学に来られて、感謝の気持ちをお伝えすると、逆に喜ばれてその時も、素敵な笑顔を置き土産でおいて行って下さいました。
他にも印象に残っている出会いや出来事は、まず、これも同じく春号で書いたお話ですが、私がひそかに憧れているうちの1人「熊本学園大学」の吉村千恵先生が「夢屋のみなさんも…」と誘って下さって「熊本学園大学」の学生さんと「大阪女学院」の学生さんとの交流会に参加させて頂きました。その中でくまモンのかぶり物をされていた先生がいて、それが可愛くて強く印象に残り、その晩は私の夢にまで、でて来られました。(笑)
その次には、夏号で書きましたように、6月に初の海外からのお客様「韓国」からの見学客をお迎えした事です。地元が韓国に近い「対馬っ娘」としては、小さいころから馴染みのあるところなので、とても嬉しかったです。みなさん、言葉は通じづらくても、笑顔で、優しい人ばかりでしたので、すごく楽しい有意義な時間をすごせました。
そして11月、なんと今度もまた海外からのお客様で「ネパール」からのお客様が「野菜ty」に宿泊されて、「夢屋」にも見学に来て下さいました。こちらは、言葉の練習する時間がなく、簡単な挨拶位しか覚える事ができませんでしたが、お客様の方がある程度、日本語を覚えられていて、発音もとても上手で助かりました。今年だけで2か所も他国の方が訪ねて下さり、交流できた事は本当に貴重な経験です。個人的には、秋号でも詳しく書きましたが、7月に大好きな男性アイドルグループが阿蘇に来て、握手して貰えた事が一番幸せな瞬間で、今年だけでもこんなにもたくさん良い思い出ができてサンキュー(39歳)の年でした。
来年は、いよいよ40代に突入する年なので、少しでも今までの自分とは違う成長ができるように、努力していきたいと思います。それでは、皆様、お体に気をつけて良いお正月を過ごされますように…。

コウキ&マイ日記    by チー
11月15日・水曜日(晴れ)
今日は、マイちゃんも来てくれてメンバーがみんな揃いました。マイちゃんは体調が万全な状態じゃないようで、発作が多く少し不安な日でした。でも【夢屋】に入ってコウキ君のマイペースな叫び声を聞いたり、元気な運動を見たとたん、「フッおるもんね…」と嬉しそうに笑い、癒されて気分よくなったのか、「お父さんね…お仕事行ったもんね…」とか、「カナちゃんね…病院だもん…」と、次々と大好きな家族のお話をしてくれました。しばらくすると、「お母さんは…?」「お母さん…電話して…」と寂しそうに言いだし、やっぱり、お母さんが1番好きなんだなぁ…と思いました。

盲導犬との新たな出発      下村 津代
~ウルマとの別れ、そしてロダンとの出会い~
11月5日(日)に福岡の盲導犬訓練センターから担当の方が見えられ、いつものようにウルマと一緒に出かけ、その夜はセンターで過ごしました。翌朝、朝食を食べさせ「これで最後になります」と担当者に告げられ、私も「元気でいるんだよ」と精一杯の言葉をかけ、ウルマとの別れになりました。その後、新しい盲導犬ロダン(オス2歳9か月)との対面になりました。これまでもそうでしたが当然、最初は警戒しますし、馴染むのに時間がかかります。まずは午前と午後にブラッシングとフードを与え、7日から夜も一緒にいることになりました。でもまだまだ落ち着かず、ちょこちょこ立ち上がってはぐるぐる回ったりしているふうでした。8日にはそれまでの訓練の疲れも出たのかよく眠ってくれました。そうやってまずは一週間のセンターでの訓練を終え、鳥栖でのイベントに立ち寄った後、11日の午後6時頃に自宅へ帰ってきました。
翌週から訓練は、また新たな段階に入ります。訓練士さんが今度は現地訓練のため阿蘇に一週間滞在され、毎朝9時にやってきて付きっきりで指導して下さるのです。ロダンと私が馴れることももちろんですが、盲導犬も時代や交通事情とともに指示の与え方や反応の仕方(例えば道の曲がり方など)が微妙に変わってきているところがあり、そのことを確認する意味でも重要な訓練となります。私はこれまでのやり方が体に染み込み、なかなか抜けきらず、新しいパターンに戸惑うことも多いのですが、これからロダンと一緒に生きていくためにも絶対に習得しなければなりませんし、必死に学んで行きました。
私自身、もしもウルマとあと一、二年でも長くにいられたらそれで盲導犬との生活は卒業しようと思っていましたが、ウルマの高齢による引退が思っていたより早く来てしまい、若いロダンとの新たな出会いとなりました。どこまでやれるかわかりませんが、始めた以上はロダンにも素敵な生活を送ってもらうため、私も健康に気を付けがんばっていきたいと思っています。

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