「共」に「生」きる。 in 阿蘇

熊本大学・2017後期『現代教育を考えるB』を受講される学生の皆さんへ(1/19のゲスト講話の概要です)

1/19のゲスト講話でお招きいただいた作業所「夢屋」代表の宮本と申します。当日は以下の概要に沿って、直接メンバーたちが日常の生活について語らせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします。
尚、これは2017年度阿蘇市学校人権・同和教育部会課題別研修会「共生」の教育で教職員の皆さんを対象に発表した内容のものでもあります。

~メンバーの個々の生活から見えてくること~
作業所「夢屋」代表 宮本誠一
1. はじめに
1995年春、当時、阿蘇郡内初めての小規模作業所として今は亡き発達障がい者の青年とその母親、私、そして現副代表である竹原の4人で構想を立て、当事者としての活動面、パンづくりを中心とした作業面、介護支援面、資金面と各自が分担し、旧一の宮町に産声を上げた夢屋も23年目に入りました。途中、相次ぐメンバーの死、宮地から蔵原への移転(2007)などがあり、現在は登録者13名、通所者5名~7名の中、地域活動支援センター(以後「地活」と表記)Ⅲ型として運営しています。地活は二階建てのシステムでよく説明されます。一階は地域の実情に合わせての創作的活動や生産活動の機会提供や社会との交流促進を目的とする部分、二階はⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型の三つの型に分けられ、Ⅰ型(定員20名)は、障がい者が地域で暮らしていくのに必要な理解や啓発活動、相談支援事業、Ⅱ型(定員15名)が機能訓練や入浴サービス、そしてⅢ型(定員10名)はかつて最も多く点在していた無認可の小規模作業所が移行できるよう設定され、授産作業を行うなど就労継続支援に一番似ている形です。ただ、内実はあくまで障がい者本人が気軽に通える〝居場所づくり〟の面が大きく、規模や財源も小さなものです。

2. ふと思った、帰路につく後姿の向こうはどうなっているのか
現在、夢屋は月曜日を地域の小中学校などとの交流や体験学習などの受け入れと事務整理、訪問、火曜から金曜日まではパンづくりを始め、その準備や配達、『夢屋だより』の原稿書き、印刷発行、昼食づくり、掃除、洗濯、好きな表現活動(イラスト描きや歌や漫才、畑仕事)などに充て行っています。つまり、金曜日の午後15:30頃、最後の配達先である佐藤菓子(向栄堂)さんが終わると一番ホッとするときです。たまに向栄堂さんでお菓子などを買い、おやつ代わりに渡して解散という事もあります。「寄り道せんで帰らなんよ」そんな言葉を一番新しいメンバーであるBさんにかけます。と言うのも彼女が、入所以来、たまに地域の店やコンビニに立ち寄っていることをDさんから聞き、いつの日かそれが注意事項となりました。ただし強制はしません。あくまでも主体性に任せ、まずは家に帰ること、それからどうしても外出したいときは家の人にちゃんと言ってから出るように話しています。それはともに一緒に活動していく上での「約束」や「ルール」の大切さと「防犯意識」を身につけてもらうためで、Bさん本人も納得し、しっかり守ってくれるようになりました。それでもどうしても誘惑に抗しきれないときはあるようです。
「中がどんなかなあって、とにかく気になって。トイレも借りてます」笑って答えるBさんを見ながら、彼女のたくましさと地域の方々の温かさに感謝しつつ、あるときふと思ったのです。金曜に限らず、毎日夢屋での活動を終え、帰宅していくメンバーそれぞれの後姿の向こうには、家族も含めどんな光景が広がり、何を考えているのだろうか。これまで本人や保護者から入所時の面接を始め、ことあるごとに聞いてはいたものの、何か、まだ本当の部分はわかっていないんではないのか、そう思ったのです。

3. 意外だったり、なるほどと感心させられたその中身
そこでB、C、D、Eさんには縦に時刻を書いた用紙に帰宅後の行動と、そのときどんなことを考えたか順次記入してもらいました。Aさん、Eさんには私が直接本人や保護者から聞き取りました。
まず、Bさんですが、帰路につくや「ピーターパンになりたい、世界旅行したい」という言葉が出てきました。夢屋が終わったとたん、そんな解放感とも夢の世界ともつかない心理状態になっている彼女にとって、道沿いの店を覗くことはいわば自然ななりゆきのようなものです。だからと言ってそれを許せば、どこまでもそれこそ〝ピーターパン〟になってなりふりかまわず飛んで行ってしまう可能性もありますから、時には睨みを利かすフック船長の存在も必要というわけです。
Cさんは、『夢屋だより』に書いてくれている文体とほとんど同じ文体で、日常もほぼそれと似た感覚で生活していることがわかりました。その中心をしめるのは、失敗をできるだけやってはいけないという「恐れ」と、それへの懸命な防御で、〝ねばならない〟と言う「義務」感を強く感じます。そこから人一倍強い『責任感』が生れているCさんの生真面目さはとても素晴らしいことですし、様々な活動をやっていく上でも貴重なものですが、ときには肩の荷を下ろしリラックスできる場づくりも、こちらとしては用意しなければならないと再考させられた次第です。
Dさんの日常はとても深刻です。「明日から夢屋が休みか…。月曜までがんばらねば」にすべてが凝縮されています。病身のお母さんの看病と介護に身を費やす彼女の言葉は、おそらく高齢のご両親などがいらっしゃったり、似たような境遇の方には身につまされることではないでしょうか。ここではDさんを孤立させないことが大きなテーマのように思います。入所して15年、活動を通じいろんな経験を積んできたDさんですが、今ではお母さんも夢屋を信頼して下さっており、こちらも様子を尋ねては相談にのることはもちろん、毎日、昼食を多めにつくって持って帰ってもらい、資料の文面にもあるように朝食にお味噌汁などを活用してもらっていることはありがたいことです。
またAさんは、移動支援事業の一つである同行援護の実態、Eさんは睡眠導入剤を使うかどう悩まれるお母さんの葛藤の様子などがはっきりと見えてきます。

4. まとめ~まずは心を真っ白にして知ること~
かつて私の教員時代、よく同和教育(今の人権教育)の研修などの場で家庭訪問の是非が論議に出ていました。「家に行っても保護者に何を話したらいいか、どこまで入ったらいいかわからない」そんな言葉を「行かない理由」としてよく耳にしたものです。私は児童生徒の家に出向くのは決して「何か」を言ったり、見たりするためではないと思っています。どうしても今日の授業中のあの様子が、クラスで、班で、友達に、教師に発した言葉が気になるから、つい家庭に出かけ、〝思い〟を保護者と共有し合う、それでいいのではないかと思うのです。そこから両者に「信頼」が生れれば自ずと見つめるべき、発言すべき「何か」は双方に浮かび上がってくるものだと考えます。ときには両者とも「わかってはいるが、今はいかんともしがたい」と首を傾げ合ってもいい、そう思うのです。
そこで重要なのが日々の活動を平時からできるだけ知ってもらっておくことだと思います。学級通信や、〝つづり〟をとおしてのやりとりもその方法でしょう。夢屋の場合、季刊で出しているお便りを、パンのお客様だけではなく、市役所の各課やメンバーがよく立ち寄る店などにも配布しています。「新聞とかより、これが一番面白か」と言って、お礼に決まって缶コーヒーを下さる方もいらっしゃいます。
またEさんですが、送迎もしている関係上、朝、布団から出てくるときの様子や保護者の表情から、昨夜の睡眠がうまくいったかなど、ある程度のことは窺えます。しかしだからといって安易な言葉かけはせず、本人の挙措動作の微妙な変化や保護者のつぶやきやささやきを聞き漏らさないよう心がけています。そして、「これは」と思ったときは、いつでも自分なりの考えやアドバイスが言えるように用意はしています。
考えてみればメンバーや家庭の日常を知り「生活者」としての視点でとらえ直していくことは、一人の〝人間〟として見る上で当然のことです。今回の資料からも改めて健常者と障がい者との「境」がいかに曖昧なものかということがわかります。生活の中での喜怒哀楽を知り、共有し、共感し合うことでそれぞれの生き方や子育て、教育での実践の糧や刺激となり、それらが循環しながら各自成長していくと思うのです。焦らずに、しかし地道かつ着実に「関係」を深め合っていくことが基本でしょうし、その方法を、それぞれの立場や現場で模索していくことが大切と思うのです。

メンバーが描いてくれた夢屋での様子の四コマ漫画です。
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夢屋のメンバーへ向けて親愛と歓迎のメッセージを「手話」で送って下さいました。ありがとう熊本大学の学生の皆さん!!

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たくさんのウエルカムカードありがとうございました。皆で楽しく拝見しました。

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