「共」に「生」きる。 in 阿蘇

2017『夢屋だより』秋号(107号)からの文章です。

夢屋から皆様へ秋のご挨拶をさせていただきます。
作業所「夢屋」代表 宮本 誠一
大雨、台風と過ぎ去り、刈り入れ前の稲などの被害が心配されましたが、農家の方々が例年通りコンバインを動かされている姿を見るとこちらまでホッとしてしまいます。皆様、お変わりありませんでしょうか。夢屋のこの夏の大きな活動としましては、阿蘇市人権・同和教育部会課題別研修会がありました。12年つづけてお呼びいただき、その都度メンバーとスタッフで参加し、それぞれが自分の言葉でテーマに沿いながら近況などをお話しさせて頂いてきています。今年は『メンバーの個々の生活から見えてくること』ということで、夢屋に来ていない日頃の様子を語り、そこから浮かび上がる「共生」にとって必要な課題などを50名近い教職員の皆さんとご一緒に考え、意見交換していきました(感想はP6、7に掲載させて頂いております)。その中で目を引いたのが、夢屋を長く続けられる理由としてメンバーの一人が答えた「差別がないから」という言葉でした。先生方の何人かがドキッとしたと書かれており、実は当の夢屋を運営しております私自身も正直、それを聞いた瞬間ドキッとしたのでした。「差別」とは何かはひとまず置いとくとして、このような環境にするためには運営にかかわっているスタッフ、メンバーの人間関係も含め、様々な要因が絡んでくることですし、果たして夢屋は本当に「差別がない」ところなのか自問自答したのでした。メンバーの言葉を心から嬉しく受け取りながらも、これからも真の意味でのそのような場づくりに向け努力していきたいと考えております。
それでは9月から10月の行事(予定を含む)をご紹介させていてだきます。
9/4~8 阿蘇中学校から体験学習生が来る(1名)
9/20阿蘇市読書感想文コンクールの審査開始(宮本)
9/22 阿蘇市障がい者福祉計画策定委員会に宮本出席。
9/23、24簡易宿泊所『野菜ty(のなてぃー)』に「虹色の会」(医療的ケアを必要とする子どもたちの豊かな学校生活を願う親の会)の関係者の方々がご宿泊(20名)。
10/17阿蘇市読書感想文コンクール審査委員会(宮本)。
10/20~22 簡易宿泊所『野菜ty(のなてぃー)』に福岡からご宿泊(2名)
研修会で思い出すのは、今から17年前、当時の阿蘇清峰高校(現阿蘇中央高校)に全員で呼ばれたときのことです。日頃は無口と思っていたメンバーの一人の日野正徳さんが突然自分から意見を述べ始めました。「俺も長かったもんなあ」私は、一体何を話し出すのかそのときも実は内心ドキドキしていたのです。「何が長かったのですか」問い返す司会者に日野さんは指を一本一本折り曲げ始めます。「十年、二十年、三十年…」と言いながら最後に溜息をつきながら「夢屋に来るまでが長かったもんなあ。もっと早く出会っとればなあ」私は日野さんのこれまでの苦労の重さを思うと同時に、ありがたい言葉で胸が一杯になりました。そして、日野さんはそのわずか二日後、突然の心不全で自宅で亡くなられたのです。まだ49歳の若さでした。  
最後になりましたが、9月は4日甲斐誠さん、6日下村津代さん、14日中島和子さん、10月は13日小嶋康揮さんの誕生日となっております。心からお祝い申し上げるとともに、日頃から支えて下さっているお客様、市民の皆様のご健康とご多幸をお祈りしたいと思います。
コウキ&マイ日記      by チー
9月13日・水曜日(晴れ)
今日は、朝からお腹の具合がよくないみたいで、少し不機嫌なコウキ君でした。何度か自分で頭を軽くぶったりして、宮本さんを悩ませていました。そこへ、時間になったので、マイちゃんも来てくれました。車からスムーズに下りてくれて、「夢屋」の中へ♪まだ、時々頭をぶつコウキ君を見て「何しょっとかね~」と、マイちゃんがボそっと言うと、何故かピタッとぶつのを辞め、そこから楽しそうに体を揺らしたり、笑い声も出だしてきました。マイちゃんの存在力ってすごいなぁと改めて思う瞬間でした。(笑)
8月9日・水曜日(くもり)
今日は、毎年恒例の「阿蘇市学校人権・同和教育部会課題別研修会」があって、コウキ君も一緒に行きました。いつもどうりわざわざお気に入りの長椅子を用意して貰えてご満足のコウキ君♪自由に体を動かしたり、堂々と寝っ転がって、何やら唸っていました。そんな様子を見られた先生方の笑いを誘っていました。(笑)中には、やっぱり地元の卒業生なコウキ君を担当されていた方もいらっしゃったようで、懐かしそうに、話かけて貰っていました。

8月9日に阿蘇市学校人権・同和教育部会課題別研修会「共生の教育」(阿蘇市役所・別館会議室)に講師として呼んでいただき、夢屋のメンバーとスタッフ7名で行ってきました。たくさんの学校職員の皆様が参加され、貴重な感想をいただきました。その中から抜粋しご紹介させていただきたいと思います。本当にお忙しい中、ありがとうございました。
●最後の質問タイムの時に御一人ずつ「夢屋の好きなところ」をおっしゃいましたが、その言葉を聞くたびに宮本さんの日頃の接し方が伝わってきました。最近、インクルーシブ教育という言葉を聞くようになりましたが、障がいがあるなしにかかわらず「共生」するということを私なりに考え、自分の教育活動に生かしていけたらと思います。最後の漫才も最高でした!!
●知ることの大切さを再確認することができました。メンバー御一人御一人の方が自分で語られる話の中には実感が伴っており、一言一言に重みがあり、しっかり考えることができました。
●夢屋を立ち上げられて23年、宮本さん、竹原さんのお話の中に「学校を卒業してからの地域での生活をどうしていくのか」という課題にずっとかかわり続けてきた強い思いを感じました。●今日の話の中で3人称から2.5人称になりましょうと言われました。私も他人事ではなくその人のことを深く知ることができるようになれればいいなと思いました。
●車椅子生活をされている娘さんのお父さんと話す機会があり、他県開催のスポーツ大会で駐車場を探していると身障者専用スペースがちゃんと空いていたそうです。熊本ではありえないことが多いとおっしゃってました。もっと思いやりのある子どもたちを育てねばと思いました。
●月曜から金曜日まで一緒に仕事をしていて仕事仲間のことはわかっているような気になりそうなものですが、宮本さんはそこで止まらず、障がい者の方々が帰り道、そしてその後の家族とどう過ごし、何を感じているかまで思いをはせられていることに驚き、感心しました。
●様々な分野で、困っている方々の助けになる仕事が、そしてそれを担う人々が経済的にも余裕をもって生きられる国になればいいと思いますが、福祉後進、経済優先の政治ではままなりません。本当に腹立たしいことです。
●メンバーの方々との出会いやご本人から長くいらっしゃる話などを聞きながら、夢屋さんが皆さんの「リラックスできる居心地の良い場所、家」になっているのだと感じました。
●7名の皆さんで来ていただき本当にありがとうございました。特に下村さんのお話は「中通小学校の人権劇で主人公だった下村さん」としてしか出会う機会がなかったので、『夢屋だより』を読みつつも、今回、直接会ってお話を聞きけてとてもうれしかったです。
●会場に入ったとき前の席に座っていたミサキさんと目が合いました。やわらかな笑顔の女性へと成長した姿。休憩時には声をかけてくれ、小学校時代のキャンプなど思い出話をしてくれました。職場に届けてもらっている〝夢屋だより〟の文字や文面からミサキさんの様子を感じることはありましたが、今日直接会うことができ本当に嬉しかったです。そしてそのやわらかな笑顔の源となっている〝夢屋さん〟は彼女にとってとても大切な場所なんだと感じました。
●最後の質疑応答で「夢屋のいい所、夢屋を続けられる理由は何ですか?」という質問で特に「差別がないから」という返答に色々考えさせられました。「差別がない」とはどんな状況か。逆にどうなれば差別はなくなるのか、あの一言で「差別」と言う言葉の意味を考え直しました。
●「知ること」について考えることができました。自分の尺度や価値観から人を判断してしまうことが多いと思います。相手のことを丸ごと受け止め丸ごと理解することを大切にしていきたいと思いました。
●「夢屋さんの好きなところ」を語るメンバーの皆さんの話を聞いて胸が熱くなり涙がこぼれました。ありのままの自分でいられる場所を、私は自分の働く場(教育現場)や家庭でつくることからスタートです。
●メンバーの皆さんの抱えていらっしゃることに向き合っておられる宮本さんの姿勢に、知ろうとすることの大切さを教えてもらいました。今、教員として自分自身がどうなんだろうと考えることが多かったので、まず自分の姿勢を見直していかなければと思います。
●目の前に座っているユウコさんやミサキさんってどんな人だろうって最初思っていましたが、レポートやつづりから少しどんな人かわかったと思います。もっともっと知りたいなあとそれぞれの魅力に一層惹かれているところです。
●皆さんの話を聞いたり、直接顔を見たりでき、「夢屋さん」がどのようなところなのか
知ることができました。まだ〝知る〟というより〝感じる〟ことができた段階だと思います。知るとこれまでパンを買うことをしようともしなかったのですが、「これから食べてみたいな」と言う気持ちになりました。「知ること」が第一歩というのはこういうことかなと思いました。
●実は私自身「夢屋」と言う存在を知らず(恥ずかしながら)におりましたが、身近に夢屋さんというような作業所があることに驚きました。私は今日の講話の内容を踏まえて、障がい者の方を特別な目で見ていたことや接し方について反省しました。特別視するのではなく、共に生きる仲間として今後考えていき、学校現場にも生かしていきたいと思いました。
●私も担任をしていますが、家庭訪問や保護者の方と話す機会が多い生徒とは信頼関係も深まることを実感しています。とにかく話す、知る、暮らしを感じることは大切だと思います。
●下村さんの話の中でのウルマのことをパートナーとしてとても尊重されているなあと思いました。ウルマと共に歩んで来られたからこそ、最後をどうするか悩んでおられると思いますし、なかなか答えは出ないかもしれませんが、二人にとっていい選択の道があればと願っています。
●下村さんの地震後の体験のお話は自分の想像をはるかに超えるものでハッとさせられました。あの怖い地震の時、その後の日々をどのように受け止めていらっしゃったのか。障がいを持つ皆さんのその時の大変さを知らないで過ごしてきた自分に気づかされました。
●夢屋という居場所で、笑顔で過ごされている様子が伝わってきました。コウキさんとこの場で再会できたことがとても嬉しかったです。これまでたまに見かけることはありましたが、しっかり会えたのは16年ぶりです。同級生の弟さんで家に遊びに行って知っていました。小学校高学年だった私は、将来コウキさんはどんな人生を歩むんだろうと半ば不安を覚えていました。宮本さんとコウキさんのやりとりを見ていて心温まる思いがしました。私は宮地出身で夢屋が小学校前に出来たころから知っています。ただ、行ったことがなく後悔していました。今回ずっと話を聞いてみたい夢屋さんのことを知ることができ、教育者として私は、まだまだ小さいなと思いました。阿蘇の子どもが障がい者との壁をなくしていくよう動いていきたいです。

♪『キスマイが阿蘇神社に!!』♪    ☆中島 地利世☆

今回は、夏にあった嬉しい体験談を書きたいと思います。
いきなりな話ですが、私は「Kis₋My₋Ft2」(キスマイフットツー、通称キスマイ)という
男性7人のアイドルグループが大好きです。そのグループが、九州に観光客をたくさん呼ぶ為にしてくれているJR九州とのコラボ企画があるのですが、キスマイ一色に染まった「キスマイソニック」という特別列車が12月まで走るようになりました。
昨年の第1弾「長崎県」に続き、今年は「大分」と「熊本」…その中で「阿蘇」も選ばれ、長崎に来た話しを聞いて、残念ながら会う夢が叶わなかったのですが、今回は近場♪
「もしかしたら本人達、阿蘇まで来るんじゃ…」と、気分が落ち着かない日々でした。
そんな中、いよいよ7月2日に、大分駅で「キスマイソニック」の出発式が行われました。スケジュールの都合で3人だけ(藤ヶ谷太輔さん、千賀健永さん、二階堂高嗣さん)が
来てくれました。3人も列車で宮地駅に下車、そのまま阿蘇神社へやって来ました。
そんな事とも知らず、家でノンビリ過ごしていたところに宮本さんがわざわざ電話で、
「今、知り合いに聞いたんだけど、あなたがえらいキスマイが好きだけんと思って…」と教えてくれました。急いで身支度して「本当かな…」と半信半疑で、走って向いました。
阿蘇神社に着いて、近くの人に聞くと「今から1時間位、社務所で昼休憩されるそうです」と教えてくれたので、「ならもう少し時間かけて、オシャレしてくれば良かったですね」と冗談話や、知らない人相手でもキスマイの話で楽しく盛り上がりながら待っていました。
もちろん、もともとファンと交流があるイベントではなくて、阿蘇神社の被害の状況を聞いたりした後、修復中の桜門の前で行われたセレモニーに出席する為だけに来ていたので、少しでも顔が見えるかもしれないチャンスは、休憩用に用意された社務所からステージまでの移動の時だけなのですが、そこで、ライブ等で遠くから眺めるだけよりも幸せなんじゃないかと思える瞬間がきました。当たり前ですが、時間になり3人が出てくると凄まじい人波に押され、よろけた場所がなんと、最前列(笑)人1人分の幅も無いほどの接近場所に心臓が大パニック!^^; 前方から少しずつ近づいてくる距離…「なんて言おう…なんて言おう…」その事ばかりで、頭の中グルグル…グルグル…いざ、すぐ目の前に来た時、とっさにでた言葉は、多忙な中、わざわざ阿蘇まで来てくれた事への感謝の気持ち、シンプルですが、一番大事な言葉「ありがとう」でした。すると、千賀健永さんが満面の笑顔で握手してくれて、藤ヶ谷太輔さんも「ありがとうございます」と返してくれました。(二階堂高嗣さんは別のコースから)ほんの数秒の出来事なんですが、幸せ過ぎて、しばらくボーっと固まってしまいました。セレモニーが終わってまた社務所に戻る時、今度は二階堂高嗣さんが来てくれたので、手をふると元気な声で「バイバイ♪」と言い、手をふり返してくれました。東京に帰ってメンバーが「九州に行かせて貰える機会があって、お会いした方、皆さんから「ありがとう」という言葉が多くて、その言葉が何より嬉しかったです。」とコメントしてくれていたので、また幸せな気持ちになりました。

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