「共」に「生」きる。 in 阿蘇

ちょっと遅くなりましたが、『夢屋だより』新年号からの文章をご紹介させていただきます。

 

        

 

 

 

 

 

 

 

2015年もどうかよろしくお願いいたします。
                      作業所「夢屋」代表 宮本 誠一
 新年も早くも2か月が過ぎようとしていますが、皆様いかがお過ごしでしょう。今年は年明け早々、フランス雑誌社などへのテロや中東での邦人人質の殺害、また国内でも女子大生と高齢者、またごく近所同士が加害と被害になっての殺傷事件が相次ぎ、何とも気持ちが塞ぐ日々でした。さてそんな中、ある番組が印象に残りました。ペンギンが特集されていました。場所はニュージーランドで、何でも世界のペンギン全18種のうち「コガタ」「ハネジロ」「キガシラ」など8種以上が生息する言わずと知れた『ペンギンの楽園』だそうです。しかも南島は、ペンギンが誕生した『発祥の地』とも考えられ、そこから南極などへ勢力を広げていった説が最近の化石発掘などからも有力になりつつあります。もちろんその中でも絶滅に瀕しているものや繁栄しているものがいるのですが、昔ながらの数を順調に保っているのが意外にも世界で最も小さい「コガタペンギン」だそうです。彼らはとにかく小さいですから臆病で用心深いです。天敵である猛きん類やカモメを避けるため、巣と海を往復するのはもっぱら夜、しかも集団で行います。集団でいるのはあくまでも外敵を早く発見し、争いを未然に防ぐためです。そして海岸から離れた雨風のしのぎやすい森の洞窟へせっせと通い、子育てをしています。なるほどといたく感心した次第です。
それでは1月から3月までの行事のご報告(予定含む)をさせて頂きます。

1/6 仕事始め。
1/9 熊本県健康福祉部 健康福祉政策課 福祉のまちづくり室 参事 白浜真治さんが視察で来訪。(室長の木村忠治さんが、夢屋代表宮本の高校の同級生であることで話題が盛り上がる) 
2/6、2/12 竹原幸範さんと中島地利世さんの誕生日でそれぞれにプレゼンを用意したりし、大いに盛り上がる。
2/15 古閑の滝を見に行き、メンバー皆、感激する。
2/9 山田小の佐藤先生が交流学習の打ち合わせに来訪。
2/23 山田小学校6年生11名と職員2名の皆さんが、パンづくりの交流を通じて「共生」の学習を行う。『夢屋』の歴史も学び、質疑応答もあり、充実した学習を送る。
2/24『夢屋だより』新年号発行。
3/20 山田小学校から卒業式のお祝い菓子(ケーキ)のご注文。
3/21 阿蘇神社の火振り神事があり、メンバーも火振り体験。
3/23 山田小学校へ卒業祝い菓子のケーキを43個お届けする。

 さて、前々からご連絡しておりましたが、夢屋は今年でいよいよ起工21年、開所20年目を迎える(詳しい年表は  ページに掲載しております)こととなりました。これもひとえにこれまでパンを買って下さったお客様を始め、ご理解の下、ご支援いただいてきた地域や行政の皆様のお蔭と心より感謝申し上げる次第です。この場をお借りし、お礼申し上げます。

『除夜の鐘の後にビックニュース!!』\(◎o◎)  
                             ‡中島 地利世‡

また一つ新しい年が明け、早くも二か月たちましたが、今年のお正月は皆さまはいかがお過ごしだったでしょうか? 
私はというと大晦日の夜に、生まれて初めての体験…「除夜の鐘」をつかせて頂きました。
場所は「宮地小学校」付近の「極楽寺」で、紅白歌合戦も終わりに近づいた頃、鐘の音が聞こえ始めました。母に「鐘をつかさしてもらえるらしいよ」と聞いて、珍しい物にすぐ釣られる私は、すぐに行ってみました。近づいてみるとまだ参列者が一人もいませんでしたので、本当にできるのか聞くと、さっきから鐘を鳴らしていたのは和尚様お一人でした。
別に門の所に立たれていた極楽寺の方がおっしゃるには、さすがの「阿蘇神社」には客足が及ばないそうで、ほとんどの方が阿蘇神社へ行ってしまうとか…↴ でもそのおかげで、私も、まだ誰もいない時に焦らずつかせてもらえる事が出来ました。
いざ、鐘の真下に立つと予想以上の迫力で、「これ落ちてこないよね…」と、ビクビクしながらつくと、感触が頭から響くと思っていたら、私の場合?足元から先にジーンと痺れる感じに伝わってきました。「ゴゴーン」と2度づきしたようになると縁起が悪いと聞いていたので、ハラハラしましたがちゃんと1回なって、和尚様が「キレイな音です」と褒めて下さったのでホッとしました。
無事に鐘つきも体験し、新年早々、今年「還暦」の母へのお祝金も兼ねてお年玉をあげたので、何か良い事がありますように…。m(_ _)m(笑)

後、だいぶ過ぎましたが、今年最初のお便りではありますので、年明け一番のビックニュースを書いて終わりたいと思います。
私には、同級生で誕生月が同じという事から親しく付き合ってきた女性がいるのですが、以後、その女性をT子さんとします。元日早々、久し振りにT子さんから連絡が来ました。
新年の挨拶だとばかり思っていたら、興奮冷めぬ声で「元日ベビーが生まれた!」と。。。
T子さんは、十代で1人目の娘さんを出産していたので「2人目?」と聞くと笑われて、
彼女ではなく娘さんの出産だったそうで、何と!36歳(来月37歳)で初孫!!..(*₋*)
お祝いの言葉を言いながらも「うわっ、いよいよ自分と同じ年齢の人がお祖母ちゃんか~」と、内心、少し複雑な気持ちになりました。(苦笑)
でもまぁ・・・正月早々おめでたいお話が舞い込み、自分の事のように嬉しかったです。
初詣で「早く自分にも良いご縁がありますように…」と切実なお願い事をしてきました。

「今年の干支「羊」の毛のように、世界中の皆さんの幸せがムクムクと膨れ上がる年に
なりますように」と願いながら、今年も健康第一で頑張っていきたいと思います。

コウキ&マイ日記

1月21日・水曜日(雨)
今日はマイちゃんがお休みで少し?寂しそうなコウキ君。
いつもより大人しくチョット元気がなく、何度かソファーで頭を打つ行為がありました。おまけに寝不足なのか?目が少し充血して赤くなっていました。
とても痒そうにしていたのでミヤさんが目薬をさしてあげると、しばらくして気持ち良さそうに顔を横にふって、「ん~フフフっ」と楽しそうな笑い声が出始め、それからは調子も上がり、ホッとしました。(コウキ)

1月7日・水曜日(晴)
昨日から始まった今年の【夢屋】。今日は、週1でマイちゃんが来てくれる水曜日です。
元気にやって来てくれたので、全員がそろい賑やかで楽しい、良いスタートが切れました。コウキ君も久し振りにマイちゃんのハンカチをかりて嬉しそうに遊んでいました。マイちゃんは早速、大好きなぬり絵の仕事をしながらお正月の出来事を話してくれたり、「カナちゃんね~帰ってこんやった!」と寂しそうに言っていました。コウキ君も、しっかり朝からお通じがあり、、体がスッキリして気持ちが良いのか、元気に体を動かして遊んでいました。しばらくすると「ん~ん~フっフフフっ♪」と何やら変わった鼻歌?をうたって、本当に楽しそうでした。
(コウキ&マイ)

<夢屋の20年間のおもな歩みです> 
1995年 
4月、下原猛さん宅一階で、作業所づくりに着手。内装、壁塗りは自分らで行う。
7月、奥の厨房を先に完成させパン作りを開始。旧一の宮町役場、学校などに販売。 

1996年 
4月、小規模作業所「夢屋」として正式オープンし、開所式を行う。
8月、広報『夢屋だより』第1号を発行。その後、年5回編集、発行を始める。  

1997年 
安田火災、新日本友の会、ヤマト福祉財団、電気通信普及財団等から助成。   

1998年 
2月、第1回「くまもとやさしいまちづくり賞」受賞。             

1999年 
5月、猛さんの父親が交通事故死。その二週間後、下原猛さんが、入所していた 
  施設二階から飛び降り事故で腰椎粉砕骨折。2か月後奇跡的に回復、退院。 
10月、一の宮町の「差別をなくす子ども集会」の成人部門で発表。
12月、地域の子どもたちと交流するため「夢屋ウィズ・ユー・デイ」開始。   

2000年 
2月に通所者の日野正徳さん、5月に下原猛さんが心不全のため死去。
8月、日野さん、猛さんを偲び「共生」について考える第1回『游人の日』を開催。

2001年 
2か月に一度、旧一の宮町在住の難病者の外出支援で阿蘇市や熊本市内、県外へ。

2002年 
1月~12月、「夢屋ウィズ・ユー・デイ」が軌道にのり、リース、ろうそく、野 草をつかったおだんご、万華鏡、綿菓子づくりと幅を広げていく。      

2003年 
4月、支援費制度施行(措置制度から契約制度へ)その後、中島地利世さん、高倉深雪さんなど入所。また小中学の特別支援学級の児童、生徒さんの現場実習も増え、竹下舞さんはその後も夢屋へ週に一度通所し12年目。
8月、第4回「游人の日」で自立を目指す障がい者記録映画『障害者イズム』上映。

2004年 
9月、ホンダ系の労組から発酵器の寄贈を受ける。山田小学校へ、週1回、のべ 35時間の総合的学習として授業参画。手話、パンづくり、絵本づくりの三本柱でメンバーが一丸となってやりとげる。

2005年 
4月、地元の入所施設から自宅通所の形でUターンし井上拓郎さんが入所。
10月、第6回「游人の日」ピアニスト豊田隆博さんのコンサートを「野菜ty」で開催。メンバーらでつくる「游人バンド」もすっかり定着する。 

2006年 
4月、宮地小、山田小、中通小など総合的学習で交流を始める。        
6月、NPO夢屋プラネットワークスとして認可を受ける。
10月、阿蘇市から「地域活動支援センター」の委託をうける。スペシャルオリンピックスのトーチランに参加。
11月、小国養護、大津養護学校から実習生の受け入れ。            

2007年 
7月、阿蘇市学校人県・同和教育部会課題別研修会に全員で講師として参加。
9月、阿蘇中学校、一の宮中学校生徒が福祉体験。
10月、内牧小学校・しいのみ学級との交流。
11月、熊本パイロットクラブ様より、チャリティーダンスパーティー企画によりご寄附をいただく。

12月、第7回「游人の日」に熊本ふくし生協理事長の中村倭文夫さん講演。   

2008年 
1月、熊日新聞新春地域特集号の巻頭で夢屋の活動が「ほんなもんの力」として紹介される。
5月、蔵原(竹原幸範さんから提供していただいた土地)へ移転。
10月、阿蘇ふれあいフェスタなどへの参加が定着。
12月、中島地利世さんが県ハートウィーク主催「心の輪を広げる体験作文」で優秀賞。 

2009年 
1月、山田小学校、一の宮中学校などから交流学習や職場体験に来る。
2月、阿蘇ワイズメンズクラブで、代表宮本が「夢屋」の活動を講話。
3月、宮地小学校との交流。                        
4月、一の宮中学校を卒業後、小嶋康揮さんが入所。
7月、熊本大学教育学部特別支援教育学科の大学院生に活動を報告。
10月、阿蘇ふれあいフェスタのステージで甲斐誠さんが『花』などを熱唱。   

2010年 
2月、「野菜ty(のなてぃー)」が「簡易宿泊所」(旅館業法)として認可。
3月、ふれあいサロン大会に参加。                     
4月、地元小中高学校卒後、専門学校を修業後、池邉美早さんが入所。
6月、熊本県人教「進路保障(就労)研修会」で活動を発表。夢屋ブックレット1号『游人たちの歌~ある自閉症の青年らと生きて』刊行。
9月、国際協力NGOボランティア・プラットフォームにHP制作依頼。 

2011年 
2月、部落解放第42回熊本県高校生集会の参加者(40名)、部落解放同盟甲佐支部の皆さんが来所。                                                             3月、夢屋スタジオで小学校教員の渡辺大さんが初ライブ。
6月、千葉県から被災者家族が野菜tyに一か月間宿泊し、居住地探しに協力。夢屋ブックレット2号『往生岳の麓にて~障がい者作業所から見た本と時代の風景』刊行。                                  8月、熊本県聾学校で「発達障がい者を取り巻く現状と作業所での取り組み」をテーマにメンバーとスタッフで講話。                                                                  10月、ネットの『You tube』で、夢屋の様子を動画配信開始。  

2012年 
2月、山田小学校6年生とのパンづくりを通した交流学習。                            7月、益城町人権教育課題別研究会(本大会)に協力者として出席(竹原)。           
12月、『阿蘇市人権フェスティバル』に参加。パンや書籍の販売し完売する。 

2013年 
1月、代表宮本の小説『有明』が熊日文学賞最終候補作。(2回目)。              
2月、熊本大学大学院教育学研究科修士課程の学生9名と教授1名が学習を兼ね来所。夢屋ブックレット3号『お月さまとゆず』刊行。 

3月、中島地利世さん、高倉深雪さんが10年目を無事終了。
9月、熊本学園から学生35名が災害要援護者の減災型地域社会リーダー学習のため訪問。下村津代さんが盲導犬を連れ、視覚障がい者の悩みや課題などを講話。                              10月、阿蘇市読書感想文コンクール審査会に出席(宮本)。

2014年 
1月、『お月さまとゆず』が100点の中から、熊日出版文化賞候補作15点に。                       2月、山田小から児童17名、職員3名が体験学習でパンづくりをしながら、「共生」の学習を行う。『夢屋』の歴史も学び、質疑応答もあり充実した学習を送る。
4月、阿蘇市地域福祉活動計画策定会議に検討委員として宮本が出席。

2015年 
起工21年、開所20年目を迎えさせて頂きました。 本当にありがとうございました。 

コメントはまだありません

TrackBack URL

Leave a comment